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引力と猫の魔法使い [プロトタイプ版]  作者: sawateru
魔法使いと夏花火
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第16話 日高誠と空の改変現象

 説明会は無事終了し、七人の従者がそれぞれのブロックへと帰って行った。


 水鞠もバタバタと忙しそうだ。

 残された俺と岸本は、その様子を見守る事しか出来ない。

「岸本。邪魔しちゃ何だし、会場の下見でも行くか?」

 すると岸本は少し残念そうな表情に変わり、椅子から立ち上がった。

「ごめん日高。私は打ち合わせがあるから先に行っていて」


 そう告げた後、弓の魔法使いが岸本を迎えに現れた。二人は視線を交わすと、何も会話せずに暖炉の部屋から居なくなってしまった。


 何だよ打ち合わせって。まあ、いいか。

 俺は静かになった屋敷を出て、一人で湖へ向かった。


 屋敷の側に広がる巨大な湖は、木の柵に囲まれていて、一周出来る様に歩道が整備されていた。


 そこには昨日までは無かった謎のマシーンが所々に突き出ている。


 思い出した。あれは資料画像で見た、打ち上げマシーンだ。花火は地下から装填されるらしい。

「ファンタジーの欠片も無いな……」


 だが、見上げた夏雲の上には魔法生物の大群が犇いているのだ。もう訳が分からない。


「空飛ぶクラゲ……ねぇ」

 ファンタジーかメカかどっちかにしてくれよ。相変わらずの雑な世界感に頭は混乱中だ。


「そんな事しても、ここからは何も見えないよ。日高」


 水鞠コトリが背後から現れた。その後には「壁の魔法使い」真壁スズカが控えている。恐らく補助マシーンの仕上げをしに来たのだ。


 水鞠は学校の制服の上から魔法着を羽織るいつもの格好だ。真壁先輩はまだ仮面と魔法着を身に着けている。


「先に行って」

 水鞠が指示をする。だが、壁の魔法使いはピクリとも動かない。どうしたんだ? 聞こえていないのかな?


 あ、違う。これ、聞こえてないフリだ。俺と水鞠を二人きりにしたくないから……。相変わらず健気だな!


「行って」

 作業場を指差し再度強く促す。


 すると、真壁スズカは身体を震わせる。

「チクショ──!」

 そして涙声で叫び、走り去って行った。


 あーあ。また泣いちゃたよ……。



 水鞠と二人並び湖を眺める。目の前に広がるのは、絵に描いた様な美しい景色だ。自然と言葉が出なくなった。


 湿った風が皮膚を撫でる。


 しばらくすると、湖の水面が乱れ、弱い雨が降り始めた。

 いつの間にか雨雲が空を支配していた様だ。多分通り雨だろう。


「傘、出してよ」

 水鞠がそう言って俺の胸の辺りを指差す。

「いや、俺持ってねーし。見りゃわかるだ──」


 あ、そういう事か。

 俺の契約している魔法生物の中には、水の能力を持つ物がいた。


 魔力を右手に集中させ、立体魔法陣を起動させる。光の球体が生まれるが、そこからは何も起きない。


「あれ? また失敗か?」

「名前呼んでないじゃない。ちゃんと呼ばないと召喚出来ないよ。『我名において命ずる。出よ! 水盾甲蟹(すいじゅんこうかい)って叫んで』

 そう言って謎の厨二ポーズを決める水鞠。


 罰ゲームかよ! 俺には無理だよ!


 そんな顔をして水鞠を見ていると、ヤレヤレといったジェスチャーをして来た。


「契約している魔法生物は『命令』が起動の鍵になっているんだよ。命じないと思い通りに動かないよ。さぁ! やってみて!」


 要は自分の中にある魔法の空間に居る魔法生物に命令して、来て貰えばいいんだろ?


 俺は立体魔法陣に向かって雑に命令してみる。

『来い。水盾甲蟹(すいじゅんこうかい)


 それを見た水鞠が鼻で笑う。

「何それ? プスス──ッ。水鞠家の魔法生物がそんな態度の術者に従う訳……」


「出来たぞ」

「出来たの!?」


 球体の立体魔法陣がガラスの様に砕け散る。破片は水飛沫に変化し、光の中から巨大カブトガニが出現した。


 ゆっくりと頭上を浮遊すると、地上三メートル程の高さで停止する。ドーム型のバリアが張られ、雨を弾き出した。


 水の魔法を防御する魔法生物か……。便利だけど、バリアの範囲が狭すぎて、傘代わりが精一杯かも知れない。


 水鞠は溜息を吐く。

「本当にいつもデタラメだね日高は。お爺様が見ていたら怒られている所だよ」

 そう言って密着して隣に並んだ。

 二人が雨に濡れない様にするには、肩を合わせる程に近付くしかない。


 何だか照れ臭くて落ち着かない。

 可愛い女の子と相合傘をするシチュエーションには憧れていたが、想像とはかなり違う状況だ。


 隣に居るのは猫の様な目をした魔法使いだし、見上げれば魔法カブトガニの裏側部分が丸見えで、虫の様な八本の足が蠢いていて気持ち悪い。


「魚にカブトガニにクラゲ……。魔法生物の水族館だな」

 図鑑によると魔法生物には犬猫や鳥、トカゲなんてのもあるのに、俺が出会うのは水生生物ばかりだ。


「日高が今まで見て来た魔法生物は、全部お爺様が作ったんだよ。お爺様は有名な魔法創造者(マジッククリエイター)だったんだ」


 水鞠七兵衛。大魔法士って言っていたな。      

 図鑑に載る程に普及させたと考えると凄い。

「どんな人だったんだ?」

 召喚魔法を使う者として、気になる存在だ。


「厳しいけど、アタシだけには優しくて凄く大好きだった。九才の誕生日に白い猫の魔法生物をお願いしたら、青い蛙を作ってくれたし」

「全く別物じゃねーか!」


「失礼だね! ちゃんとリクエスト通りに赤いリボンを着けてくれたんだよ!? 超可愛いかったんだから!」

 またハムスターの頬の様に膨らませて怒る水鞠。


 だが、すぐに寂しそうな表情になる。

「その時は知らなかったんだけど、お爺様は水性生物しか造れなかったんだ」


 水鞠は「白ねこムヒョー」をイメージしてお願いしていたに違いない。お爺さんも困っただろうな。蛙でどうにか誤魔化すしか無かったのだろう。


 あれ? そう言えば、さっき水鞠は「可愛いかった」って言っていたか? ……て事は……。

 

「今は居ないのか? その蛙の魔法生物」


「お爺様が亡くなった後、突然居なくなっちゃった。でも、また会える気がしているんだ」

「そうなのか……」

 よく分からんが、そう言うものらしい。


 水鞠は頭上に浮く祖父の形見を眺めると、猫の様な目を細める。


「ここの領地は元々改変現象が大きくて、酷く荒れ果てていた。それを強力な魔法生物を生み出して修正した事で水鞠家は名を馳せた。反面、癖のある魔法生物が多くて、制御が難しい。日高の魔法特性は引力系魔法以外が無いから、良く懐くみたいだね」


 そんなものなのか。まあ、良く分からない話だ。俺が難しい顔をしていると、水鞠が優しく微笑む。

「今はそれでいいよ」


 何だよそれ。調子狂うな……。雨どころか槍でも降って来そうだ。


 空を見上げると、雨雲の色はさらに深くなり、不自然な動きで拡がって行く。


 あれ? 空が光ったぞ。

 

 ──突然、雷が鳴り響く。

 あっという間に黒い雲が空を埋め尽くして行く。大気が軋み、突風が巻き起こった。

「水鞠!?」

 猫目の魔法使いは空を見上げ、微動だにしない。

「大丈夫。すぐに止むから」


 言葉の通り、一瞬で空が晴れになる。

 雲が不自然に吹き飛ぶと、嘘の様に青い空に戻っていた。


 しかし、すぐに雷雲が発生し、天気が崩れ始める。何だこれは。どう考えてもおかしい。


「空が壊れている……!?」


 そう呟くと、水鞠は湖に向かい右手の人差し指を口に含む。そして空に向かって指差した。


 昔、ゴルフ漫画とかで風の向きを調べるのにそうやっていたな。なんて呑気な事を考えている場合じゃない。


 水鞠が腕を下ろし、振り返る。顔色が酷く悪い。真っ青になっている。


「どうした!? 何かあったのか?」

 心配になって声を掛けると、それと同時に警戒音が響き渡る。一体何が起きているんだ?


 水鞠は自分のケータイを取り出し、画面を確認する。警戒音はスマホから出ていた様だ。天変地異でも起きるかと思う程の不気味な音色だ。


 すぐに仮面姿の「弓」「壁」「鳥」の三人の魔法使いと、岸本が駆け寄って来た。湖の畔に全員が並ぶ。


「コトリ様!」

 弓の魔法使いの呼びかけに水鞠が頷く。

「うん。空で改変現象が起きてる」


「まさか……!?」

 岸本が何かを言いかける。

「大丈夫だよ紗英。そっちの改変現象とは無関係だよ」

「良かった……」

 何の事かは分からないが、安心した表情に変わる。


「だけど事態は最悪だよ。空の上で何かが起きて、暴走状態になってる」

 水鞠の言葉に、鳥の魔法使いは大袈裟に天を仰ぐ。そして演じる様に一礼をした。

「コトリ様。ご決断を」

 

 ちょっと待て。ご決断って何だよ。そんなの悪い冗談に決まっている。


 水鞠は深呼吸をした後、魔法着を翻した。


「想定外の改変現象発生の為、二日後に予定されていた魔法花火大会を、本日の十九時に執り行う!」


「今日……!?」

 最悪だ。花火大会の延期は良くあるけれど、前倒しなんて聞いた事が無い。


 しかも「悪天候だから」打ち上げる訳だ。真逆過ぎてどうかしてる。


「花火大会を開始するとして、足りない部品はどうするんだ?」

 ワタヌキ魔法具専門店に注文した部品は明日届く事になっている。それが無いとマシーンが完成しない。


「稼働する誘導弾だけでやり切るしか無い。やるだけやってみるよ」

 水鞠の決心は揺るがない。でも、それで上手く行くのか?


「部品は今、どの辺にあるんだ? 俺が取りに行った方が早いなら、魔法ママチャリでどこまでも行くぞ」

 それが良い方法かは分からない。でもじっとしていられない。俺に何か出来る事は無いのか!?


「それはオレが行こう」

 低い声の男が現れた。その主は突き出た腹を摩りながら六人の前へ歩み寄る。ジャージにランニングシャツ姿の男だ。


「ワタヌキ店長……」

 意外な人が意外なタイミングで登場した。

 黒縁の眼鏡と禿げた頭が空の雷が光る度に反射して眩しい。そこにいる全員が思わず目を細める。


「部品の行方が掴めなくなっている。妨害している魔法使いの一族が居るかも知れん。オレが行って探しがてら邪魔な奴らを排除して来よう」

「いいの!?」

 水鞠が笑顔になる。そういえば、ワタヌキ店長は魔法案件に協力しないという話だった。


「注文品が消えたんだ。それを探すのは契約の範囲内だよぉ」

 店長の眉間のシワが更に深くなる。

 

「ありがとう……ワタヌキ」

 水鞠が礼を言うと、店長はいつも通りの苦い笑顔を見せ、早々に姿を消した。


 部品についてはワタヌキ店長に任せた方が良さそうだ。


「コトリ様。私達も準備を。打ち上げまで、ああと四時間です」

 弓の魔法使いが告げる。


「待ってコトリちゃん!」

 移動しようとした水鞠を岸本が呼び止めた。その場に居た全員が見守る。


「私にやらせて。私が部品になります!」


 岸本がとんでもない事を言い出した!

 動揺しているのは分かるよ? でも言ってる事がメチャクチャだよ! ブラック企業の洗脳ビデオでも見たの? 大丈夫!?


 すると、水鞠がしてやられた様な表情をする。

「その手があったか……」

「どういう事!?」

 訳が分からな過ぎる。


「コトリ様」

 奥に居た壁の魔法使いが前へ出る。

「もしもの時の為に、彼女には特別な修行をしてもらっていました。岸本紗英の魔法特性が、足りないパーツに代用出来そうだったので」


「魔法通信速度は?」

「上がりが十三・五、下りが十六・五です」

「そこそこあるね」

「ですが、まだ実用には程遠い状態です」


 水鞠と壁の魔法使いが意味不明な情報をやり取りし出した。何? ゲーム機の無線通信速度の話?


「紗英の立体魔法陣の最大起動数は?」

「十五です」


 まさか立体魔法陣をマシーンに組み込むつもりか……? 真壁先輩、そこまで考えていたなんて……。もしかして本当に天才なの?


 水鞠が顔を上げ岸本の目を真っ直ぐに捉える。

「紗英。親機からの魔法信号を、離れた場所にある子機に誤差無しで繋げる事になるよ? しかも五機同時だよ?」


 それを受け止める様に岸本が頷く。

「やらせて。私は、今私が出来る事を全力でやりたい」


 引力魔法しか使えない俺には、それがどれ程大変な事かのかは分からない。ただ、難易度の高い事だけは伝わって来た。


「私は反対です。ワタヌキ様を待つべきです」

 異を唱えたのは弓の魔法使いだ。

「弓。アンタが不確定要素を嫌う性格なのは分かる。でも、そうも言っていられないんだ」

「コトリ様!」

 

 水鞠は背中を向け、空を見上げる。

「もし魔法花火大会が失敗したら、他の一族の協力を得なくてはならない。ワタヌキを待っていたら、間に合わなくなるよ」

「ですが……!」


 水鞠は振り返り、岸本の手を取る。

「やってみよう! 力を貸して。紗英」

 

「……コトリちゃん」

「コトリ様……!」


 そして水鞠は、俺に視線を合わせる。猫の様な目は、まだ何も諦めてはいない。


「この作戦は、日高の協力も必要なんだ。やってくれるよね!」


 意外な言葉に驚いた。俺には何も手伝えないかと思ったから。


 身体の震えが止まらない。


「何だってやる。話してくれ!」

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