第14話 日高誠と謎のマシーン
「コトリ様によろしくお伝え下さい」
店長は店の入り口で深々と頭を下げる。
最後は客としてでは無く、水鞠家の使いとして俺達二人を見送った。
書類を受け取った。これでミッションクリアだ。急いで水鞠家へ戻るとしよう。魔法ママチャリならすぐに着く。
「今度は私が乗りたい!」
岸本が目をキラキラさせて、手を真っ直ぐに挙げる
ああ。何かそんな流れになると思っていたよ。
岸本が先に自転車に乗り、続けて俺が後に座る。
え……。これ、腰に手を回していいのかな? 合法的に接触出来るサービスタイムなのか?
実は罠で、触った瞬間に「変態野郎」と言われるパターンじゃないだろうな。
いや、よく見ると後部座席に二人乗り用の持ち手が付いているじゃないか。何でさっき使わなかったんだよ……。
俺は正面に向いて座り、体勢を固定する。
これなら岸本に触れる事も無い。それはそれで少し残念だった様な……。
「いいぞ。行ってくれ」
「ふ──ん。そう来たか」
「どういう事!?」
面白いリアクションが見れなかった事が気に入らなかったのか、少し不満そうだ。さっきから人の反応を見て楽しんでいる節があるな。
「日高。今から少しだけ寄り道してもいい?」
「何だよ。デザートでも食べるのか?」
「それは今度、改めてお誘いするわ」
早く帰って水鞠に書類を見せた方がいい気がするけどな。まあ、いいか。
「じゃあ、行くよ! 日高」
岸本が運転する魔法ママチャリが走り出す。凄まじいスピードだ。
後は後ろで進路が読めない分、スリル感が半端無い。
移動を開始してすぐに、岸本は突然ブレーキを引く。自転車は小さな橋の上でドリフト気味にストップする。
「うおおお!?」
俺はバランスを崩しながらも、何とか持ち堪えた。
少し地面から高く作られた橋の上は見通しが良く、遠くまで景色が良く見える。周辺は田畑に囲まれていた。
「ここがいいかな」
岸本は魔法ママチャリから降りると、携帯アプリを開き、写真を撮り始めた。
その謎の行動に疑問を感じる俺。
「いつから橋マニアになったんだ?」
撮った写真を確認した後、岸本がスマホを鞄に納める。
「大事なのは橋じゃないよ。花火が良く見えるかどうかだけ」
「花火?」
岸本の視線の先には水鞠家がある。
確かに、ここからだと花火が綺麗に見えそうだ。
「今から場所取りなんて、ブラック企業も真っ青だな」
「魔法使いだけにね」
残念ながら今回の俺達は観る側じゃない。打ち上げる側だ。この場所でゆっくり見ている時間は無いだろう。岸本は一体何がしたいんだよ。
「日高……この場所を覚えておいて欲しいの。きっとまた、来る事になるから」
何だよそれ。また予言か? 何の冗談なんだよ。
小川の流れる音が聞こえる。風が肩までの長さの髪を揺らす。一つ一つの動作に見惚れてしまう。
もう、すっかり慣れてしまっていたが、改めて気付かされる。やっぱり超が付く美人だ。
「でも最近の残念な言動で、すっかり岸本のイメージは地に落ちたけど」
「声に出てるよ日高! 普通に酷い事言ってるよ!」
でも、岸本のポンコツキャラは記憶が無くなる前から予兆はあった。別に驚きは無い。
とりあえず、言われた通りこの場所を覚えておくか。
「日高……さっきの話……どう思った?」
遠くの空を見ながら小声で話す。岸本の言っているのは水鞠の縁談話の事だろう。
「まあ、驚いたよ」
俺は正直に答える。
「それだけ!? 何かもっと無いの? ショックだとか、許せないとか……あと、なんていうか……」
小声過ぎて最後の方が良く聞き取れ無かった。
魔法使いは薄情で、水鞠コトリが超が付くモテモテ女だったって事には驚いた。ただ、それだけだ。
いきなり結婚の話とか聞かされても、ファンタジー過ぎて実感が無い。
岸本は橋の下に流れる川に視線を移す。
「コトリちゃんは何も教えてくれなかった。私……知らない事ばかりだわ」
俺も知らなかった。岸本が水鞠の事を「コトリちゃん」て呼んでいる事を。君達、いつの間にそんなに仲が良くなってるの!?
まあ、だからこそ水鞠から全てを話して欲しかったのだろう。
本人は話すつもりでいた様な事を言っていたが、本当の事は分からない。
ワタヌキ店長から話を聞かなかったら、ずっと知らないままだったかもしれない。
「それでいいんじゃねーの?」
「日高……それ、どういう意味?」
うう……。何か怒って来たぞ。
「水鞠は非力な俺達を頼ってくれた。それだけで充分だろ?」
こんな危機的状況で、魔法使いとしての力じゃ無く、それ以外の部分で必要としてくれたのなら……それ程嬉しい事は無い。
「あ……」
岸本も理解した様だ。
だが、納得した様子を見せた後、少し怒った顔になる。
「日高はコトリちゃんの事、何でも分かるのね」
そして少しトゲのある言い方をして来た。
一番最悪なのは、どうすれば良いのか分からない事だ。
幸い、やるべき事は分かっている。魔法花火を打ち上げて、空の改変現象を修正する。
今はそれに向かって全力を尽くすしか無い。全てはそこからだ。
魔法自転車の運転を交代し、猛スピードで水鞠家に向かう。流れる景色が早すぎて、通り過ぎそうになる。
水鞠家の門の前で慌ててブレーキを踏むと、バキバキとイヤーな音を立てながら停止した。巻き起こる砂煙。
「日高。何か部品みたいなのが飛んで行った気がする」
「マジで!?」
周りは森だ。人に当たる事は無い。……なので気にしない事にする。
「何だよ、この音……」
水鞠の屋敷に入ると、工事の様な激しい騒音が鳴り響いていた。
どうやらマシーンが何処かで作られているらしい。予想以上に大掛かりな様だ。
「湖の方かな。行ってみましょう」
岸本が俺の腕を引っ張る。
屋敷の側にはドーム一個分の大きさの湖がある。湖は魔法で管理されていて、青く透き通った水は、飲む事も出来るらしい。
屋敷と湖の間は広い庭になっている。
普段は古い洋館と相まって超絶景だが、今は巨大な建造物が邪魔をしていた。
二階建ての一軒家程の大きさの、プレハブの建物だ。明らかに急造だが、しっかりとした造りになっている。
扉から中に入ると、油で汚れた作業着をだらしなく着た真壁スズカがハンマーで謎の鉄塊を叩いていた。
俺達に気付くと、
「サエとマコっち。お帰りしー」
と、挨拶をして来た。本当にそれ、ギャル語なの?
「それが例のマシーンですか?」
とりあえず訊いてみた。
大きさは軽トラック程で、謎の計器やボタンが並んでいる。加えて太いパイプが張り巡らされていて、まるで機械に詳しくない人間が適当に描いた様なデザインをしている。
「そうだし。てゆーか、この速さで作れるとか、あーし天才じゃね?」
そう言ってハンマーを俺に向け、ウインクをする。
相変わらず胸がはだけて谷間が全開だ。もう、そこだけしか頭に入って来ない。
その様子を見ていた岸本がコホンと咳払いをした。慌てて我に返る。
真壁先輩はメカニック担当なのか。アホっぽいのに意外だ。
「このマシーンから花火が乱れ撃ちされる訳ですか?」
いや、全く想像が付かないぞ。どんな仕組みなんだよ。
「打ち上げ専用マシーンは昔から在るのを使うし。今作っているのはそれをコントロールする親機。そこにある小さい奴が子機」
真壁スズカが指を指した先に、サッカーボール程の大きさの機器が五個並べられていた。
ますます分からん。水鞠の図面は元々あった打ち上げマシーンを制御する為のものって事かな。
とりあえず、話を聞いてみた。すると謎のギャル語がマシンガンの弾の様に飛んで来る。
「──だし? ぶっちゃけ、有り寄りの無しってゆーか……。──おけ?」
おけ? じゃねーよ。意味が分からん。
「日高、今ので分かった?」
岸本の頭の上にハテナマークが五、六個生えている。
「岸本。魔法使いのやる事に疑問を持っちゃダメだ。そういうものだと受け入れた方がいい」
「そ、そうよね……」
俺だって、そもそも何で花火なんだろう……とか、他にも色々な疑問が渦巻いている。
おかげで俺の頭はスライムよりも柔らかくなってしまった。溶けて無くなったらどうしてくれるんだよ。
マシーンの説明を終え、ご機嫌になった真壁先輩はハンマーを細い指先で器用にクルクルと回す。
「で、あーしに何か用でもあったし?」
そうだった。やる事があった。
「水鞠は何処ですか? ワタヌキ店長から書類を預かったんですが」
そう言って封筒を見せる。
「あー。預かるし。確認したい事があるし」
封筒を奪い取ると、バリバリと開けて中身を勝手に開いてしまった。読み進める毎に真剣な表情に変わる。
「どうかしましたか?」
岸本が心配になって声をかける。
「考えていたよりも納品に時間がかかる。タイミング的にもギリギリ」
ギャル語も無く、声質も「壁の魔法使い」の時のものになっている。どうやらこっちが本当の真壁スズカの様だ。だったら普段から普通に話してよ……。
「出来る所まで完成させて、部品を後付けするしか無い。仕様を変更しないと」
そしてまた、ハンマーを振る真壁先輩。何だか頼もしい。
すると、バタバタという足音と共に、扉が開かれた。
現れたのは水鞠コトリだ。
部屋の中の全員と目を合わせると、
「ここにも居ない!」
と叫んだ。誰かを探している様だ。
「『壁』ここに」
真壁スズカは一瞬で仮面と魔法着を身に纏い、跪く。
「いや、アンタじゃないけど。探してるの」
もう、完全に呆れた表情をしている。
当たり前だ。初めから居ないって言っていたし。
「コトリ様……!」
主人に否定された壁の魔法使いは、それはそれで嬉しそうにプルプルと震えている。もう、本当にダメ人間だ。
せっかくカッコいい感じを見せていたのに台無しだよ……。水鞠コトリが絡むと、一気に変人度が加速するな。
「じゃあ、誰を探しているんだよ」
「鳥の奴だよ! 居ないんだよ! アイツ。正式に水鞠家の従者になったのに、呼び出しに応じ無いんだよ! 怠慢だよ!」
両手の拳を挙げて、怒ったポーズを取る水鞠。
すると、水鞠のケータイが鳴り出した。
リズミカルなマーチが作業場に響く。大好きな「白ねこムヒョー」のテーマソングだ。
気持ち良さそうにワンフレーズを聞いた後、電話に出た。
「何してるの!? さっきからずっと電話してたんですけど?」
第一声がこれだ。恐らく、相手は鳥の魔法使いだろう。
「は? 意味分かんないですけど? そんなのアンタの管理がなって無いからでしょ! 泣いても知りません! もう切るからね!」
まるで携帯ゲーム機を無くした子供を叱りつける様な言い方だ。
橘先生、どんな状況なんだよ……。
電話を切った後も怒りが収まらない様子の水鞠。
「全くもう。言い訳ばっかりで話にならないよ!」
「どうしたの?」
岸本が心配になって尋ねる。
「自転車が盗まれて直ぐに来れないって!」
自転車……?
俺と岸本の視線が重なる。
そういえば、教職員専用駐車場にあったな。あの魔法ママチャリ。
「……あ! 奴にあげたの忘れてた」
青ざめて固まる水鞠。
どうやら俺と岸本が乗って来た魔法ママチャリは、橘先生の物だったらしい。勝手に乗って来ちゃったよ! ヤバいでしょ!
だが、水鞠は笑顔になると、
「ま、いいか」
と、言って部屋から出て行く。
ひでぇ……。放って置くつもりだコレ。
とりあえず、学校に電話しておくか……。
そうだ。ついでに部品が取れて無くなった事も謝っておこう。
次回は花火大会の全容が明らかになります。




