第13話 日高誠と水鞠家の事情
「若いのにオレの事を知っているのか……?」
ワタヌキ店長は、眉間にシワを寄せ、いつものインチキ臭い笑顔を作っている。
よく分からないが、話から察するに店長はかなりの魔法の使い手だった様だ。
相手の姿を目を細めて確認する店長。
「いや、違うなぁ。仮面の記憶か……その紋様は三笠の一族だな。昔、一度だけ手合わせした事があるぞ」
あの仮面は只の飾りでは無かった様だ。ていうか、あんな複雑な模様の区別が付くのかよ。
俺と岸本を舐めきっていた仮面の男の態度が豹変している。身体の震えが止まらない。
「まさか貴方程の方が水鞠家に関わっているとは……」
その言葉を聞いた店長は、眉間のシワをさらに深くさせる。
「色々事情が有るんだよ。で、相談なんだが、オレを見た事を忘れてくれねーかな? 居場所がバレると面倒なんだよ」
「は……?」
「いや。一応、聞いてみただけだよぉ」
「……!?」
突然、仮面の男が手に持つ立体魔法陣が砕け散った。
お互い、何か魔法を使った訳では無い。
一瞬で間合いを詰めた後に放たれた「雷旋のワタヌキ」の拳撃が炸裂し、魔法陣が破壊されていた。
仮面の男は突然の事で身動きが出来ない。
「素手で……!? まさか……」
それを狙っていたかの様に、店長の手が男のフードを片手で掴むと、そのまま豪快に地面へ投げつける。
振動と衝撃音で木に止まっていた無数の鳥が一斉に飛び立って行く。巻き起こる砂埃の高さが、その威力を物語っていた。
一瞬で勝負が着いてしまった。仮面の男は気絶している様だ。
「あ? 気を失っちゃったよぉ。最近の若者はヤワいなぁ……」
残念そうに呟くと、倒れたままの侵入者の魔法着を掴む。そしてズルズルと引きずったまま、林の中へ消えて行ってしまった。
しばらくすると店長一人だけ戻って来た。爽やかな笑顔だ。
「いやぁ。話し合ったら、快く応じてくれたワイ」
怪しく光る眼鏡とハゲ頭。
絶対嘘だ。「記憶を消す魔法の発動条件」を無理矢理クリアさせたに違いない。
そこまで居場所を知られたく無いんだったら、何で店の看板に堂々と名前書いちゃってるんだよ……。意味が分からないよ。
呆れ顔でいると、店長がそっと近寄って来た。
「で、何の用だい? ワザワザ来たって事は急ぎの用事なんだろぉ?」
そうだった。ポケットから注文書の入った封筒を取り出し、店長に手渡す。
受け取ると、右手で眼鏡を額まで持ち上げ、注文書に目を通し始めた。
水鞠家の印に気付くと、一瞬目が止まる。
「ふむふむ。分かった。すぐに注文しておこう」
あれ!? 意外にあっさり終わったぞ。
店長も直ぐに捕まったし、何か拍子抜けだ。
これがゲームなら、地下ダンジョンのイベントに突入して、行き違った挙句に「いやぁ、探しましたよ」と言われても不思議じゃ無い。
「少し待っててくれるかい? 水鞠家に渡す書類を作るから。裏に回ってくれ」
店長に案内され、店の裏側へ移動する。
手入れされた広い庭には、木製のテラスがあり、白いテーブルと椅子が四つ並んでいる。
一見すると、オシャレなカフェの様な雰囲気だ。
岸本と向かい合う様に席に座ると、ハーブの香りが漂って来た。よく見ると、見た事も無い植物が大量に栽培されている。
「何だろう……不思議な形……」
岸本は怪しさを察し、完全に引いている。
魔法の薬か何かの材料だろうか。ヤバい物とか無いだろうな。
店長が魔法使いだと知らなかったら、真っ先に通報してる所だよ。あの風貌なだけに。
そんな緊張感を吹き飛ばす様に、爽やかな風が吹き込む。
不思議と懐かしい気持ちになる。前にも来た事のある様な……。
いや、気のせいだ。もしかしたらハーブの効果でリラックスしているだけかも知れない。
「素敵な場所ね。店の外観からは想像出来なかった」
言葉とは反対に、岸本はキョロキョロと辺りを見回している。
そして緊張した小さな声で話し掛けて来た。
「日高。……あの店長の事、本当に信用していいのかな……」
「今更!?」
何でこのタイミングなんだよ。俺は初見で感じてたよ。てっきり岸本もそうかと思ってたよ!
「水鞠が取引してる訳だからその辺は大丈夫だろ。多分」
「そ、そうよね……」
さっきの戦闘を間近に見て、警戒してるのかもしれない。無理も無い。余りにも圧倒的な実力差だった。
「お待たせ〜」
家の扉から店長が現れた。岸本の背筋がピンと伸びる。
店長は手に持っていた大きなザルを豪快にテーブルに置いた。
目の前に現れたのは大盛りの蕎麦だ。
「昼飯まだだろ? 食べて行ってくれよぉ。手打ちだよぉ」
俺の腹は正直だ。意思とは無関係に勢い良く重低音を奏でる。
岸本と目を合わせた後、お互いに箸を手に取った。
「いただきます」
一口食べると、蕎麦の香りが口いっぱいに広がる。
見た目は黄色っぽく細くて硬めだが、麺つゆが良く絡み、やみつきになる美味さだ。
「美味しい! これは店長が作ったんですか?」
「趣味でな。まだおかわりもあるぞい」
「頂きます!」
岸本!? まだ食べ切って無いのに追加しちゃったよ……。
さっきの店長への不信感は何処へ行ったの!?
でも、確かに美味い。これが味勝負なら、リアクションだけで五分は持たせる自信があるぞ。蕎麦のビッグウェーブがやって来て、「美味いぞ──!」と叫んでサーフボードで波乗りするイメージだ。
店長は満足そうな表情で離れたベンチに座ると、昼間からビールを飲み始めた。
今日は完全にオフだったらしい。邪魔しちゃったかな。なんて考えていたら、店長が手を振る。
「気にするな。水鞠家からの仕事は無条件で受ける契約だからな」
「契約?」
「水鞠家の領地内に居させて貰う代わりに、魔法具の仕事を受ける契約をしている。オレは第一線から引退した身だ。魔法案件には手を出すつもりは無かったから助かるよ。さっきの様な侵入者退治はサービスだよぉ」
「そういや、あの魔法使い何してたんだろうな。虫捕り網持って」
この暑い日にあんな格好でいた訳だ。只事じゃ無い。
「そりゃあ、情報収集と魔法生物の捕獲だろう。水鞠家固有の種も多いし、今なら情報も高く売れる」
「どういう事ですか?」
店長は俺の言葉に驚き、細い目を見開いた。
「何だよ。コトリ様は説明して無かったのか。今の水鞠家の事を」
店長は知っている。水鞠コトリが何を抱えているのかを。
岸本は蕎麦を一旦置くと、店長に視線を向ける。
「教えて頂く事は出来ますか?」
すると店長は細い目をさらに細くする。そしてビールを一気に飲み干した。
「屋敷を見たならば察しただろう。水鞠家は存亡の危機に直面している。先代……つまりは、コトリ様の御両親が亡くなられてから全てが始まった」
水鞠の両親がいない事。
それは何となく気付いていた。水鞠が若くして当主になっているから、もしかして……とは思っていた。
店長は話を続ける。
「さらにその後、大魔法士である祖父、水鞠七兵衛がなくなり、衰退が加速した。実力のある魔法士達が一人、また一人と離れ、魔法士協会内の序列も下がった。名家と呼ばれていたのは過去の話だ」
「今回の花火大会が失敗したらどうなるんですか?」
ずっと気になっていた事を、岸本が尋ねる。
「まあ、他の一族が手助けする事になる。ただし、支払う代償は大きいぞ」
「代償って……お金?」
「そうだな。それだけじゃ無い。その時によって違うが、魔法使いを引き抜いたり……。後は結婚を条件にしたり、だな」
「結婚!!?」
二人の声が重なった。
「魔法使いは血の伝承によって強力な力を生み出す。由緒ある水鞠家の血統を欲しがる一族は多い。今、実際にコトリ様の縁談は百を超えているはずだ」
「そんな理由で結婚なんて……しないですよね?」
岸本が心配そうな声で呟き、上目遣いで視線を送る。
店長はその視線を合わせずに、新しいビールの缶を開けると、一気に飲んでしまった。
「その時が来ればするだろう。それが水鞠家の力を残す最後の手段だからな」
魔法使いってのは薄情だな。
むしろ足を引っ張り合う事を望んでいる様なシステムじゃないか。
「手を取り合って助け合うとかは無いんですか?」
ワタヌキ店長は首を横に振る。
「無いな。数百年前から魔法使いの一族は、お互いを喰い合って進化して来たんだよ。水鞠家だってそうだ」
新しい魔法使いが生まれるのも、消えていくのもまた、世界を維持するのに必要な事だって言いたいのか。こういう部分だけがファンタジーなのはズル過ぎる。普段雑なくせに。
店長は用意していた新しい缶ビールを開ける。
「最近も名家と呼ばれていた一族が吸収されて無くなったばかりだろ? 双子の魔法士が当主で、妹が行方不明になって……って、二人共、ニュースは見てないのかよぉ?」
「ニュース? いえ、見ていないです」
そういや、魔法ニュースのアプリがあったな。面白そうだったからダウンロードしてみたけど、開くには月額三万円かかるのを知って、秒で削除していた。
どうやら魔法使いの一族が消滅するのは珍しい事では無いらしい。名家と呼ばれる一族でもそうなるのか。厳しいな。
ふと、元気の無い表情の水鞠を思い出す。これは……いつの事だっけ?
夜、私服姿。外で会ったのは一度だけだ。
そうだ。花火大会の時……。
猫の様な目は光を失い、黙って空を見上げていた。叶わない願いが、そこにあったからだ。
水鞠は全てを諦めていたのかもしれない。空に起きている異変を修正出来ない現実を受け入れて。
「もっと、みんなと一緒に居たい」と言った本当の意味を、俺は今ようやく理解した。
あの時、水鞠は決心したんだ。
自分の運命と戦う事を。そして……未来を変える事を。
ケータイの呼び出し音が鳴る。
どうやら水鞠からの着信の様だ。慌てて電話に出る。
『連絡が無いけど。ワタヌキには会えたの?』
ヤバい。水鞠に連絡するのをすっかり忘れていた。岸本が全てを察し、俺と視線を合わせない様に遠くを見ている。
ああ、はいはい。俺が責任を取って謝りますよ。
「会えたよ。注文書の処理に時間がかかるみたいだ。終わったらすぐに戻る」
『随分遅いけど? どうせ昼間からお酒を飲んで、下らない事でも話しているんでしょ?』
怖っ!? 何で分かるんだよ。どっかで見てるのか?
「いや、まあ、お昼をご馳走になったり色々あってさ」
『まあ、いいよ。いつかどこかで話さなきゃ……って思っていたから。丁度良かった』
ワタヌキ店長が水鞠家の事情を話す事は想定済みだった様だ。
「まさか水鞠がモテモテだとは驚いたけどな」
『何それ!?』
驚く水鞠。しばらく沈黙があった後、
『ちょっとワタヌキに代わって貰える?』
怒った様な低い声に変わってしまった。
ああ……。縁談の話は俺達に話して欲しく無かったらしい。
ワタヌキ店長にケータイを見せて、出てください、とジェスチャーすると、酔いで赤らんでいた顔が一気に青くなる。
「蕎麦のお代わり……持ってくるよぉ……」
立ち上がる店長。
「ちょ、店長! 電話に出て下さい! 店長!」




