第9話 日高誠と真壁スズカ
「あの真壁先輩……ですよね?」
呆然としたまま岸本が確認すると、真壁スズカはニヤリと微笑む。
そして岸本の至近距離まで顔を近付けると、顎の下を指で摩った。
「あーしの事、知ってるんだ。流石はサエちん。やるじゃん?」
「それは、その……先輩は有名人ですから」
岸本はこの突然の状況でも憶する事なく対応する。凄いメンタルだ。流石としか言えない。
真壁スズカ。やはり有名人だったらしい。
俺は最近になって彼女の存在を知った。
こんな目立つギャルの事を最近まで気付かなかったのが不思議だ。そしてよく学校が許していると思うよ。
金髪ツインテールに碧眼。目は大きく、まつ毛が長い。かなり派手な顔立ちをしている。身長は岸本よりもやや低い位だ。
まあ、魔法使いの外見なんて魔法メイクか何かでどうとでもなりそうだけど。
さてと、一応確認しておくとするか。
「あなたが壁の魔法使いですね?」
「そだよ──? キャハッ」
真壁スズカは俺の問いを簡単に答えると、腰に手を添えギャルピースのポーズ取ってウインクした。
ウザ……! 何それ。まさか質問に答える度にポーズを取るのかよ。面倒臭い!
岸本は驚きの余り身体が震える。
「ま、まさか……真壁先輩が壁の魔法使いだったなんて……」
いやいや。そこは意外じゃ無いでしょ。明らかにキャラがおかしいし、名前に「壁」って入っちゃってるじゃない!?
水鞠コトリに出会ってから直ぐこの人に遭遇してたら真っ先に魔法使いだと疑ってたよ俺なら。
「仮面とかはもう着けないんですか?」
ここが水鞠家だからか? もしかして何か理由があるのか?
「仮面? メンドーだし、もう要らないっしょ?」
……思った以上に適当だった。
今までの仮面コントは一体何だったんだよ……。
どうやら見た目通りのキャラらしい。これ以上何を考えてるか分からないのを増やしてどうするんだよ……。
「じゃ、付いて来て。サエちん。マコっち」
壁先輩はスカートを翻して先に部屋を出る。
一瞬、黒いパンツがチラ見えした。「見せパン」だと分かっていてもドキッとするものだ。なんて事を真剣な表情で考えていたら、岸本が冷たい視線を突き刺して来る。
……うん。懐かしいなその感じ。
来た時に通った長い通路を抜け、玄関を通り過ぎる。
屋敷の門の前に着くと、真壁スズカがいつの間にか背後に移動していた。
振り返ると、満面の笑みを浮かべる。
「じゃ、解散〜。バイキンキン〜」
「解散!?」
俺と岸本の声が重なる。
「いやいや、俺達は水鞠に協力する話になってるんだけど!?」
すると真壁スズカは面倒臭そうに頭をボリボリと掻き毟ると、いきなり両目を見開く。
「その実力で……?」
「……!?」
声が違う……! バカっぽい高音じゃない、低くて落ち着いた「壁の魔法使い」の時の声だ。
気が付くと真壁スズカは仮面を身に着けていた。全く動作が見えない……!
「それでコトリ様の力になれると思っているとは笑止千万。プールの時も私に魔法を使わせている様では話にならないですね」
……プールの時?
思い出した。魔法釣竿を三人で引き上げた時、地面が柔らかくなったお陰で怪我をしないで済んでいた。あの時の魔法は真壁先輩が使っていたのか。
「許せません……」
真壁スズカは怒りの為か全身を震わせる。そして魔力の波動が全身から放たれた。金髪のツインテールが逆立つ。あまりのプレッシャーに耐えきれず一歩後退った。
「私だって……私だってコトリ様と一緒のプールに入りたかった! 美しい水着姿を間近で見たかったんだよォ──! チクショ──!」
ハアハアと呼吸が荒くなる。両手の指をワキワキと動かし、変態チックな怪しい挙動を見せている。それを見た岸本はドン引きだ。
「ねぇ……日高。これってどういう事?」
「ああ。見ての通りだ。壁の魔法使いは水鞠コトリに対して異常な愛情を持ってるんだ。気をつけた方がいいぞ」
「気をつけろって……」
仮面の下はどんな顔になっているのか想像もつかない。いや、見ない方が幸せかもしれない。魔法着を着ていないから体は制服のままな訳で、さらに変態度がアップしている。正直言って関わりたく無い。
「……ま、二人共ヤル気があるのは分かりました」
叫んだら気が済んだのか、いきなり落ち着きを取り戻す真壁先輩。情緒不安定過ぎて完全にホラーだよ。
「でもハッキリ言って今の所は何の役にも立ちません」
「じゃあどうすれば……」
「修行ですね。本当に助けが必要になった時に少しでも役に立てる様に」
それは水鞠からも出されていた課題だった。だが基礎練習ばかりやっていて、目に見えた成果は出ていない。
「サエちゃん。あなたは幻術を使える様ですが、対象にカード型立体魔法陣を接触させないと魔法が起動しないという欠点があります。それでは戦闘では全く意味を持ちません。二枚同時に展開出来るのは強みですが、それだけでは弱い」
「そうですか……何とか十枚までは出せる様になったのですが……頑張ります!」
「じゅ? 十枚!? ま、まあ、せめて……じゅ……二十枚は欲しいですね」
壁の魔法使いは明らかに動揺している。絶対予想外の数だっただろ。あと何で呼び方変わったの?
「そして誠少年……」
来た来た。俺は何をすればいいんだ?
いきなり何かを手渡された。
重っ!? 慌てて手元を確認する。
大きな古い本だ。魔道書……!? いや、違う。図鑑だ。図書館や本屋で昔から並んでいる、ケースに入っているタイプのものだ。
え〜っとタイトルは……?
「魔法生物」発刊は五十年前の様だ。
人気漫画キャラクターの図鑑を出して話題になっていたけど、まさか魔法生物の図鑑まで出していたとは驚きだ。スゲェな日本の出版社。
表紙が取れて真ん中のページ辺りで裂け、綴じ紐が飛び出している。確かに古いタイプはこうなりがちだ。父さんが子供の頃から持っていると言っていた図鑑は全部こうなっていた気がする。
壁の魔法使いが本を指差す。
「あなたは召喚魔法に慣れる必要があります。魔法生物を学習し、出来れば『火喰甲魚』以外にも契約しておいて下さい」
まあ、そうなるよな。俺には引力系魔法しか無い。敵を引き寄せた所で自分がピンチになるだけだ。アホすぎる。なら召喚魔法に磨きをかけた方が良いに決まっている。
図鑑を開くと見た事も無い生物がフルカラーで収録されている。後半はモノクロになっていて、捕獲や契約の方法が書いてある。その辺は難しくてよく分からない。独特のインクと紙の匂いがな鼻を擽る。
「見ても分からないでしょうから、始めだけ手伝います。まずは装備を整えましょう」
装備……!
なかなかいい響きだ。ようやくファンタジーっぽくなって来たな。強力な魔法生物を狩る……。今の俺はマジックモンスターハンターだ!
「やー、メンゴメンゴ」
広い玄関で待たされる事約八分。
仮面を外してギャル化した真壁先輩が道具を持って現れた。
よし。早速装備を始めよう。一番いいのを頼むッ!
頭……麦わら帽子
胴……ランニングシャツ、半ズボン
足……ゴム長靴
武器……虫取り網
わんぱく小学生だよ!
「大丈夫か」なんて確認するまでも無かったよ! 特にランニングシャツ。何でこんなに首がダルダルなんだよ。
いつの間にか隣の岸本も装備完了していた。肩までに短くなった髪はゴムの髪留めで左右に纏められている。上は青いTシャツに半ズボンだ。同じく小学生のコスプレの様になっている。
「よーし! 頑張って獲るぞ!」
眩しい笑顔で網をブンブンと振り回す。
え──!? 何でそんなにヤル気を出してるの!? 何か嫌な予感がする……。また変なスイッチ入らないよね!? 釣りの時はエライ目にあったから、スゲェ不安なんですけど。
「日高って小学生の頃ってそんな感じの格好じゃなかったの?」
岸本は俺を直視出来ないらしく、やや視線を逸らしている。絶対そう思っていないだろ。
「でもまあ、首ダルダルな白ランニング以外は近いかな」
「ん──? じゃ、それ脱がしちゃってサエちん」
「はい!」
え──!? そのこだわり必要!?
何故かランニングシャツを脱がされる俺。代わりに赤いシャツを着させられた。若干サイズがキツイがさっきよりはマシだ。
岸本は俺の全身を確認すると、ケータイを取り出し、写真を撮った。
「妹さんも私みたいな感じの格好だった?」
「まあ、そうだな……よく一緒に虫取りに行っていた時は……って、何で妹の話が今出て来るんだよ」
「日高は何も気にしなくていいから」
岸本は笑顔でそう言うと、ケータイに文字を打ち込み始めた。水鞠に写真を送るつもりだろうか。まあ、好きにしてくれ。
その後、真壁先輩と岸本が二人で何やら玄関の隅で話し合い、それが終わると戻って来た。
「さあ、行きましょう! 裏庭の森でカブト虫が取れるらしいよ」
カブト虫……ねぇ。普通のカブト虫の訳は無い。こんな昼間から採れるってだけで嫌な予感がする。ま、とにかく魔法生物捕りスタートだ。
玄関を出て見上げる。空がどこまでも青く、涼しい風が気持ちいい。
魔法の力なのかは分からないが、水鞠家の敷地内は割と涼しい。古びた洋館も相まって外国かファンタジー世界に来たのかと錯覚してしまう。この装備さえファンタジー風なら完璧だったのに。
裏庭に移動すると、そこには巨大な樹木が無数にそびえ立っていた。その一つに真壁先輩が用意した魔法シロップを塗りたくる。
「後は一時間程放置すれば勝手に集まって来るみたいね」
「随分簡単だな!」
お手軽過ぎでしょ……。こんな事で役立つ魔法生物なんて捕まえられるのかよ……。
「じゃあ一度戻ってお昼ごはんにしましょうか」
そう言った岸本の虫かごにはセミが大量に入っていた。
「何でそんなに獲っちゃったの!?」
俺が魔法シロップを木に塗ってた数分の間に何が起きたんだよ。はっちゃけ過ぎでしょ!?
「何か楽しくなっちゃって……」
照れ臭そうにすると、虫かごを開いて一気に逃がす。何がしたかったんだよ……。
「岸本は虫が怖くないんだな」
虫かごに張り付いた謎の虫を手で掴んで放り投げる姿が男前すぎる。
「そうみたい。昔は虫捕りなんかした事が無かったから自分でも意外」
岸本は他人による意思の操作から解放されたばかりだ。これが本来の彼女の姿に違いない。
「日高はよく虫獲りしていたんでしょ? 妹さんと」
岸本はケータイを手に取り、何かのアプリを開く。
「妹が行こうって誘って来るからよく行ったよ。虫はあまり好きじゃないから捕まえてもすぐ逃してたな。妹は残念がってたけど」
よく考えて欲しい。目が複眼、足が六本だぞ? 奴らは完全に地球外生物だろ?
「虫が苦手なのに妹さんに付き合うなんて、日高は優しいね」
そう言いつつ、岸本はまたケータイで何か文字を打ち込む。
「岸本、さっきから何してるんだ?」
何か様子がおかしい気がする。妹の事ばかり訊いて来るし。
岸本はさっきと同じ笑顔を作ると、ケータイを閉じてズボンのポケットに入れた。
「何でもないよ。大丈夫だから。日高は何も気にしないで」




