第7話 日高誠と花火大会
駅から花火大会会場の土手までは僅かな距離だ。両脇には屋台や出店が所狭しと並んでいる。
そんな中を俺と水鞠が並び、後には腕を組んだ岸本と高崎が並んで二列で歩く。
俺は今、美少女三人を連れて花火大会に訪れている。
昔のRPGのゲームで、自分の名前の勇者とクラスの可愛い女子三人の名前を入れたキャラでパーティを作った事があったが、まさかリアルに実現するとは思わなかった。
四人中三人の職業が魔法使いという攻めたパーティ構成だが、水鞠というレベルマックスのチートキャラがいるから、全滅する事は無いだろう。
これは夢なのか? もしくは誰かの罠なのか? 正直不安だ。幸運を楽しめない性格が、自分でも面倒臭い。
俺達が歩き進むと、人混みが勝手に避けて行く。魔法の力で、あっという間に土手の上に到着した。
目に付くのは人の多さだ。
昔から続くこの花火大会は、地元の一大イベントで、毎年約十万人を動員しているらしい。
この土手の上には景色を遮るものは無い。今から一時間半の間、大迫力の花火が夜空を彩るのだ。
「二人が居ないんだけど」
水鞠の言葉に慌てて振り返る。ええ!? さっきまで居た岸本と高崎が居ない。嘘だろ? 気を遣っていたはずなのに。もう花火始まっちゃうよ!?
岸本の携帯に電話を入掛ける。ダメだ。繋がらない。電波障害か? いや、でもそこまでの人数が集まっている様に見えない。だとしたら……。
「水鞠。まさか、『影』が出たのか?」
ここはチートキャラに訊く方が早い。
すると水鞠は眉を歪ませて考え込んでしまった。
「……あいつ、また勝手な事を……」
何やらブツブツと独り言を言っている。それから溜息を吐くと、俺を追い越して先に進んで行ってしまった。
「先に行くよ。影は出ていない。時間を置いて電話すれば捕まるよ」
「いや、でも女の子二人だけじゃ心配だろ」
すると水鞠は面倒臭そうな顔に変わる。
「岸本さんは『弓の魔法使い』が護っているから大丈夫」
「そうなのか」
やはり従者が来ていたらしい。またあの物騒な仮面を着けて見張っていたのか? そう考えたら可哀想に思えて来た。
「水鞠。この電波障害も魔法案件による影響じゃないのか? これから一体、何が始まるんだよ」
すると水鞠が立ち止まり、ゆっくりと振り返った。三つ編みが白い頰を追いかける。そして少し寂しそうな猫の目が俺を捉えた。
「何って……。そんなの当たり前でしょ?」
「はぁ?」
「……花火大会だよ」
空気が震える。水鞠の言葉と同時に、一発目の花火が夜空に打ち上がった。
その無数の金色の光は放射状に大きく広がり、そして夜空に吸い込まれた。
幻想的な光景に言葉が出なくなる。時間が止まる。ここが現実世界である事を忘れてしまう気がした。
「日高……」
突然膝が折れ、ふらつく水鞠。
「どうした!?」
俺は両肩を手で支えて引き寄せる。
「お腹空いた……」
ああ、そういえば夕飯食べてなかったわ。
何だ。エネルギーが切れたいつもの水鞠だ。
何を食べればいいんだ? 土手を降りた所に屋台が並んでいる。
たこ焼き、お好み焼き、イカ焼き、焼きそば……定番は揃っているな。
「屋台が苦手なら駅まで戻ってコンビニで買うかだが……」
「あれ……あれがいい……」
水鞠が指を指した先を目で追いかける。並んだ屋台とは別に離れた場所にポツリと屋台が存在している。不思議とそこだけが人が集まっていない。
……うん。なんとなく予想はしていたよ。 あれはきっと魔法屋台だ。
登って来た反対の坂道を降りる。人の集まる屋台の列を超えて行く。
屋台は軽トラックを改造したものらしい。どうやってこの草むらに侵入出来たかは謎だ。
「いらっしゃい」
中から誰かが出て来た。眩しさに思わず目を細める。一瞬、何が起きているのか理解できずにいたが、どうやら電球の光が丸坊主の頭に反射していたらしい。
「おお。コトリ様じゃないか。花火大会に来るなんて珍しいですな」
そう言って黒縁眼鏡をかけ直す。見覚えのある人物の姿に驚いた。
そこに居たのは、ワタヌキ魔法具専門店の店長だ。
俺と目が合うと、ニヤリと怪しい笑みを作る。そして眉間のシワが山の様な形になった。
「君はつい最近店に来たよね。確か魔法カップラーメンを買っていた……」
「日高誠です。水鞠さんとは同じ科学部です」
すると店長の細い目が真一文字になり、何度も頷き始めた。笑っている様で笑っていない。いちいち反応が胡散臭いのは何でだ?
「日高誠くんだね。そうかそうか。名前を間違って呼ばない様にしなくちゃねぇ」
そしてまた、ニヤリと笑う。
また意味有り気な事を言い出したぞ。
今思えば、プールの魔法力を釣竿で調整する事を教えてくれていた。
悪い人では無さそうだけど、何か引っかかる。少し様子を見るか。
屋台の中を覗くき、メニューを見る。
魔法たこ焼き、魔法お好み焼き、魔法焼きおにぎり……何でもあるな!
「まあ、冷凍を魔法レンジでチンするだけだよぉ」
店長が魔法クーラーボックスをガチャリと開ける。中にはギッシリ冷凍食品が詰められていた。
潔いけど、メチャクチャテンション下がるから止めて! 地方の道の駅とかでやられると本当に悲しい気持ちになるよね。まあ、美味しいのも在るけどさ。
レンジじゃなくて、そこは魔法の力でどうにかならなかったのか。
水鞠の注文が決まった様だ。
「アタシは魔法ラーメン味噌 ナポリタン味」
「あいよ。五分待ってね」
店長が後の棚から商品を探し始める。
「ちょっと待て! それ味噌味? ナポリタン味?」
ここに来てまで魔法ラーメン食べるのかよ。あとそれ、絶対カップ麺だろ!?
すると水鞠が面倒臭そうな眼差しを向けて来た。
「期間限定だったんだよ。今は普通に買えないし。昨昨年のコーンポタージュ味は美味しくて馬鹿売れしたの知らないの?」
「知らないけど、普通に考えて味噌とコーンはアリだろ。だがナポリタンはどうなんだ? 」
製造会社は何億円の赤字を覚悟してるんだよ。しかも似た様な前例がどこかであったでしょ!?
結局カップ麺は持ち帰りにして、お好み焼きと焼きそばを注文した。
屋台の前に設置してあるベンチに座って待つ事五分。
出てきたものを食べると、職人が調理したものと変わらない美味さだった。
魔法……スゲェな。
しばらくすると店長がやって来る。そして向かいのベンチに座り、花火を見上げた。
どんだけ暇なんだよ。まあ、この様子だと「一般人お断り」みたいだけど。
「もう限界……ですかね」
店長がまた訳の分からない事を喋り出した。主語も何も無いから何を話しているのか見当が付かない。
「分かってる。でも今のアタシには必要なだけの魔法使いを用意出来ない」
水鞠も花火を見上げて答える。
限界って何だ? 魔法使いを用意って? どうやらこの二人にしか分からない話の様だ。
「何かあったら連絡を下さい。こちらも商売ですので……」
そう言って立ち上がり、屋台の中へ戻って行った。
水鞠は花火をまだ見続けている。何かを深く考えている様だ。
その見た事の無い表情に思わず見惚れてしまった。猫の目は、ずっと寂しそうにしている。
水鞠は俺の視線に気付いたのか視線を空から降ろす。反射的に俺は花火を見上げてしまった。
今の俺にはその視線を受け止められる自信が無い。そうしてしまったら、どんな顔をすれば良いのか分からないからだ。今度は水鞠が俺の顔を見ている。気付かないフリも限界だ。
「もうすぐここに来るよ」
水鞠が何かを予告した。
「来るって……何がだよ」
「ダミーに引っかかってるから、ここにはアタシ達は居ないと思ってる。ほらそこ」
「日高!?」
岸本紗英が現れた。その後で何故か高崎花奈が何やら気まずそうな顔をしている。
どうやったか分からないが、二人を呼び寄せる事に成功したらしい。
花火が連発で鳴り響く。まるでパーティの再会を祝うファンファーレの様だ。
四人でベンチに座り、花火を見上げる。
ゆっくりとした時間が心地良い。
こんな気持ちになった事は今まで無かった。これも全部、水鞠のお陰だ。
「お待たせ」
店長が魔法かき氷をもって来た。あれ? 誰か注文したのかな?
「みんな可愛いから店長からのプレゼントだよ。食べて食べて」
やるな店長。ていうか、三つしか無いじゃねぇかよ。本当に可愛い女子にしか奢らないつもりだよこのオッサン。
すると高崎が立ち上がり、俺の隣に座って来た。
「私ぃ、一人じゃ全部食べれないからぁ、日高くん一緒に食べて」
そう言ってかき氷をすくったスプーンを俺の口元に寄せて来る。
え? 何その天国。スプーン一個しか無いから間接キッスになっちゃうじゃない? いやいや、マズイでしょう。
いや、まてよ? そんな事を考えている奴は女子との免疫力が無い隠キャの者だけじゃないのか?
実際スポーツマンの吉田なら何も考えずに二人で分けそうだ。うん。大丈夫。セーフだ。口を開けてみる。
突然、視界に岸本の顔が現れた。
スプーンを高崎から取り上げると、パクリと食べてしまった。
「高崎さんは私と分けよ? 私も一人じゃ全部食べられないし」
そう言って岸本は自分の持っているかき氷を俺に渡し、高崎の隣に座る。仲良く三人並んでしまった。
俺は渡されたかき氷をとりあえず食べる。その様子を見ていた水鞠がクスリと笑った。
花火は終盤に近付いている様だ。フィナーレに向けて花火の量を調整している。
「決めた」
そう言って水鞠が立ち上がる。
「アタシはもっとみんなと居たい。だから……力を貸して」
突然何を言い出すんだよ。さっき店長と話していた事と関係があるのか?
「今度こそちゃんと答えてもらうぞ。俺達に何をやらせるつもりだよ」
テンションの上がった水鞠に問いかける。
すると猫の目がギラリと光り、いつもの水鞠の表情に変わる。両手を天に伸ばすと同時に、大きな音が空気を震わせた。
「何って……? 花火大会だよ!」
水鞠が叫ぶと、今日一番の大きな花火が夜空に咲いた。
テンションが上がって適当な事を言っている訳では無いらしい。本当に花火大会をするつもりだ。
今から準備していつ? 何処で? 疑問は尽きないが、分かっている事は一つ。
これは普通の花火大会じゃないって事だ。何かの目的があるに違いない。
突然、左の肩が押された。
何事かと慌てて視線を向ける。
隣に座っていた高崎花奈が、俺に寄りかかっていた。ゼロ距離だ。え……? 何? この天国。
「高崎……?」
声を掛けても反応が無い。まるで小動物の様にスヤスヤと眠っている。
どうやら水鞠が魔法をかけたらしい。魔法関係の話を聞かれる訳には行かないからだな。
そう言えば魔法使いに関係の無い高崎が居るのを完全に忘れていた。あまりに馴染んでいたから油断してた。
そんな高崎の寝顔を見て水鞠は溜息をついた。そして猫の様な目を空に向ける。
「今、大気の魔力構成に大きな歪みが生まれている。だから魔法花火を使って修正をする」
花火大会はフィナーレの真最中だ。無数の火花が空を彩り、轟音と振動が響く。だが不思議と水鞠の声が頭の中に入って来た。
「つまりは、プールで水の魔力を調整した事と同じ事をする訳だね」
岸本が納得した様子を見せる。理解が早いな。
「でも花火を使って修正をするって、スケールデカすぎだろ。今から準備して間に合うものなのか?」
「そこは大丈夫。問題は人数が足りない事。詳しい事は明日話すよ。アタシの家で」
水鞠の言葉に驚いた。え? 今、「アタシの家」って言っていたか? まさか魔法使いの家に招待されているのか?
「明日は日曜日だぞ。俺はいいとして、岸本が疲れちゃうだろ。テニス部もある訳だし」
「私なら大丈夫。水鞠さんの家、行ってみたいな」
岸本は乗り気だ。確かに俺も水鞠の家には興味がある。色々な意味で。
「あれ……?」
高崎が目を覚ました。魔法が効き過ぎているのか分からないが、泣いた様に目が腫れている。
「大丈夫? 高崎さん」
岸本が高崎の身体を俺から引き離し、自分の方へと引き寄せる。
「うん。何か急に眠くなって〜」
目を擦る仕草はまるで小さな子供の様だ。そんな高崎が可愛いかったのか、岸本は頭を撫で始めた。それが意外な行動だったのか、高崎は少し驚いている様だ。
それを見て水鞠がまた笑う。高崎の何が面白いのか理解出来ないが、ツボにはまるらしい。
花火が全て打ち上がり、夜空に静寂が戻る。
これは終わりじゃない。何かが始まった。そんな気がする。
水鞠の決意。みんなと居たいと言った意味。正直、分からない事だらけだ。
だが俺の気持ちは変わらない。
……水鞠コトリの力になりたい。
何があっても、どんな理由があろうとも。
「お帰りお兄ちゃん」
リビングのドアを開けると、涼し気な寝巻きに着替えた妹が、一人ソファに寝転がっていた。
喧嘩した友達と花火大会には行けたのだろうか。やはり家に置いて行ったのは間違いだったのか……。
「何その顔。何か用?」
いきなり妹に指摘を受けてしまった。いかんいかん。また考えていた事が顔に出ていたらしい。
「ただいま。花火は見れたのか?」
まずはストレートに訊いてみる。
「見れたよ。お父さんと一緒に行った。友達との事は大丈夫だから。心配しないで」
こちらを見ずに用意したセリフを読んでいるかの様に答える。
大丈夫なのに会社帰りの父さんとわざわざ花火大会へ行ったのか? ちょっと意味が分からないんだけど。
問題を抱えているならば、俺に相談してくれるはずだ。……でもそれは小学生の時の話だ。変わってしまった今の妹は、俺を頼ってくれるのだろうか。
「そうか。何かあったら言ってくれよな」
気にしない素振りを見せてリビングから離れる。
「お兄ちゃん」
急に呼び止められた。やはり何かあるのか? 慌ててリビングに戻る。
「どうした?」
妹はソファに座り直していた。どこか思い詰めた様な顔をしている。
「花火を二人で見に行ったの覚えてる? お兄ちゃんが小学生の頃」
いきなり言われて焦った。妹と? 二人で?
そんな記憶は無い。そもそも俺が小学生だったら、妹はもっと小さい事になる。そんな二人だけで花火を見に行けるはずがない。不可能だ。
「……悪い。覚えていない」
妹に嘘は付けない。正直に言う。
するとまた妹はソファに寝転がる。
「ならいい」
視線を合わせず不機嫌そうに言い放つ。
やはり何か様子がおかしい。本当に改変現象に巻き込まれているのかもしれない。注意して見ていた方が良さそうだ。
謎の花火大会に妹の違和感……。
魔法使い一年目の夏は波乱の予感がする。
魔法使いのお話なので、ここはスケールを大きく、花火大会をやってもらう事にしました。
よろしければ、お付き合いをお願い致します。




