第6話 日高誠と浴衣の少女
高校生になったら何かが変わると思っていた。
小中学生の時に思い描いていた高校生像というのは、結構な大人のイメージだった気がする。
だが実際になってみると、自分の中身は何も変わっていなかった。ホント、悲しい位に。
だが、妹は確実に変わった。中学生になってから妙にお洒落に気を使い始めた。
俺の部屋に勝手に入って来なくなったし、俺が妹の部屋に勝手に入ろうものなら犯罪者か変態扱いだ。
しかも妹が風呂から出る時に俺が洗面所に居ると邪魔だと追い出される様になった。
「普通じゃない?」
「普通だよね」
え!? 何を言ってるんだ。この二人は。
「え!? って顔されてもね……」
岸本が呆れた様な顔をする。考えていた事が顔に出ていたらしい。
本日は活動内容である「魔法フルーツバスケット」という謎の修行を行い、科学部の時間が終了した。
水鞠と岸本と俺の三人は、夕暮れの中を校門へ向かって歩いている。
その短い時間の中で、最近俺の周りに起きていた異質な出来事を報告していた所だ。
この二人が言っている事こそがおかしい。
俺にとって最近の妹の変化は十分に異質な現象だ。何故普通だと言い切れるのか。
「妹は誰かに改変されているかもしれない。直ちに修正を……」
「必要無いから」
え……!? 膝から崩れ落ちる。もう誰も信じられない。何故俺の話を聞いてくれないんだ?
「この場合、むしろ修正が必要なのは日高の方だよね」
岸本の言葉が深く俺の胸を刺す。そうか。……うん。反省するしかない。
「俺の愛が足りない……と……」
「いや、逆でしょ! 重いわ!」
「シスコンってやつよね……危険なレベルで。妹さんが心配……」
水鞠と岸本のツッコミが気持ちいい。二人共、最近本当に容赦無いよね。
兄が妹を心配するのがそんなに悪い事?
校門には、いつも通りに黒塗りの高級車が止まっている。水鞠が近付くと自動で後部座席の扉が開く。先に荷物を中に放り投げると、くるりとこちらに振り返った。
「岸本さん。そしてついでに日高。今から校外活動だから。各自着替えて十八時、伊里駅に集合ね」
「校外活動!?」
また急な話だ。校外活動なんか今までやった事無いのに当たり前の様に言うなよ。今から何をさせるつもりだ?
そんな事を聞く間も無く水鞠を乗せて車が走り出して行ってしまった。
言われた通りにするか。どうせ予定なんて無いし。
「私は大丈夫だよ」
そう言って岸本はスマホを鞄に入れる。家に許可を貰ったらしい。やる事早いな。
「伊里駅と言ったら近くに川と土手しかないよな……天体観測でもするつもりか?」
天体観測も科学部の活動らしい。ネットで調べたらそう書いてあった。
「日高……。本当に分からないの? 水鞠さんや妹さんの事は色々気付くのに」
何かトゲのある言い方だな。ヒントがもう出ているって事か。
いや、考えるまでも無かった。学校から駅まで歩く間、浴衣を着た人達が多く歩いている。
今日は花火大会だった。毎年七月の最終土曜日に行われているのを、すっかり忘れていた。
ここ最近部活と修行で疲れていたし、家に帰ってからは、夕飯を食べて風呂に入って寝る事しかしていない。他の事を考える余裕が無かった。
「でも急に言い出す事無いだろ。予定が入ってたらどうするつもりだったんだ?」
俺の文句に岸本は目を丸くする。そして溜息をつくと、苦笑いをする。
「分からないんだ。日高らしいね」
どういう意味だよ……。本当に分からん。単なる水鞠の気まぐれだろ。
帰りの電車が珍しく騒がしい。伊里駅はいつも降りる駅の一つ隣だ。家からだと電車で五分。バスで十五分かかる。
大きな川の近くにある為、こんな大きなイベントにバスで行けば大渋滞に巻き込まれる。ここは電車一択だ。
このまま電車に乗っていれば着くのだが、制服で行く訳にはいかない。色々と問題だ。
だが、一度家に着替えに戻る事になると時間が無い。急がないと水鞠を待たせる事になる。
岸本もそれを考えていた様だ。駅を出てから自然と早歩きになる。
いかにも夏祭りの格好をした人達とすれ違いながら、十分少々で家に到着した。
「日高。家の前に誰か居るよ?」
岸本が意外そうな声を上げた。誰かって、誰だよ。
視線を向けると同時に、浴衣を着た少女が振り向いた。
ショートカットで美しいまっすぐな黒髪。大きくて優しい目元に怒った様なしっかりとした眉毛がアンバランスで可愛い。こんな可愛い妹を持つ兄は幸せに違いない。ああ、幸せ。
「あ、妹さん?」
岸本が慌てて尋ねる。
「日高美希です。中学一年生です。兄がお世話になっています」
行儀よく挨拶をする妹。
「岸本紗英です。日高とは部活が同じで……科学部なんだけど。あと家が近いの。あの道の奥に見える緑っぽい屋根の……」
我が妹のオーラに当てられたのか動揺しているな。仕方があるまい。だって可愛いし。
「美希も今から花火大会へ行くのか?」
浴衣を着ているのだから当たり前だ。問題は誰と行くのか、だ。兄として確認をしないとな。
「行こうとしたけど止めた。ケンカになったから」
美希はそう言うと、岸本に会釈をして家の中へ入って行った。
え……? どういう事?
「妹さん……大丈夫かな」
岸本が心配してくれている。大丈夫じゃない。これは異質な現象だ。俺と違って美希は誰からも好かれるいい子なのだ。誰かの陰謀に違いない。
「水鞠に相談して魔法使いの従者を全員集めて貰おう。総力戦だ!」
「そういう事じゃなくて。たぶん普通に友達とトラブルがあったんじゃないかな。中学生だもん。色々あるよ。きっと」
元女子中学生の言葉には反論出来ない。そういう事なのだろう。
家に上がると台所では母・奈津子が鼻歌混じりに夕御飯を作っている。今日は得意のエビカレーの様だ。
リビングに目を移すと浴衣姿の妹がソファーに座って足をプラプラと退屈そうに動かしていた。
こうなったら美希も誘ってみんなで花火を見に行くのはどうだ?
いやいや、よく考えたらこれは魔法案件かも知れない。科学部の校外活動だ。またプールに釣り針を垂らす謎ミッションみたいな事が起きたらどうする?
絶対変人扱いされるだろ。兄としては耐えられない。それに訳の分からない現象にも巻き込みたくない。
何て話しかけたらいいか分からず、立ち尽くしていると、妹が溜息をつく。
「早く行きなよ。私は友達と話してからにするから」
すぐに話が出来るなら心配無いか。美希ならすぐに仲直り出来るはずだ。……と思う。
美希は小さな頃、クラスメイトとのトラブルで一時期不登校状態になった事があった。人間関係で揉めたのは、その一度きりだ。
家族としてのフィルターが無くとも、一人の人間として良く出来た子だと思う。
たから、きっと大丈夫だろう。
俺は部屋に入り、白のポロシャツと紺のチノパンに素早く着替える。すぐさま家を飛び出した。
既に岸本が着替えを終えて家の外で待っていた。白の半袖のシャツに細身のジーンズを履いている。
あの時の服だ。二人で出かけた時に着ていた服。変わったのは髪型だけだ。
「どうしたの? 浴衣を着てくると思った? 着替える時間なんて無かったから」
そうじゃない。ちょっと驚いただけだ。
あの時はこんな風に一緒に花火を見に行くなんて想像出来なかった。
「妹さんは大丈夫?」
「美希なら大丈夫だと思う。今までも友達と上手くやってたし。兄とは出来が違う」
「自分で言っちゃうんだ。信用してるんだね。ケンカした相手に文句を言いに行くとか言い出しそうな勢いだったから。何か意外」
いや、したい位だよ。でもそんな事したら絶対嫌われるに決まっている。それだけは避けたい。
「私は兄弟が居ないから、そういうの羨ましい」
久しぶりに岸本の「羨ましい」を聞いた。
でも今は、嫌な感じはしない。
電車に乗って伊里駅に到着した。
相変わらず物凄い人だかりだ。伊里駅は花火大会の時しか用事がない。花火の規模が年を追うごとに大きくなっているのを見ると、イベントとして成功しているのだろう。
改札を降りると一際目立つ少女が近付いて来る。水鞠コトリだ。
「ちょっと! アンタ達 十八時過ぎてるじゃない! 待たせないでよ」
頰をわざとらしく膨らませて怒っているぞアピールをして来る。いや、お前が早過ぎないか?
水鞠は紺の半袖シャツに提灯の様に膨らんだ形で白いストライプの入った黒いショートパンツを履いている。足は赤いスポーツタイプのサンダルで、髪は三つ編みにしている。
私服の水鞠を初めて見た。まるで絵本から飛び出したキャラクターの様で相変わらず現実感が無い。髪型が違う事で学校で会うのとはまた違った新鮮な印象を受ける。
「ナンパが凄くて断るの大変だったんだからねっ」
ドヤ顔である。まあ、そりゃそうなるだろう。こんな美人が一人でこんな所に立ってればな。
ていうか、断るのが面倒なら、魔法を使うか、従者を側に立たせとけばいいんだよ。どうせ「弓」か「壁」の魔法使いが近くで見張っているんだろう。
あのいつもの変態チックな出で立ちの奴が隣に居たら、誰も寄って来ないだろうに。
「それより岸本さん。何で浴衣じゃないワケ? 魔法浴衣を渡してあったでしょ!」
水鞠は岸本の姿を見るなりツッコミを入れる。何だよ魔法浴衣って。
「水鞠さんこそ魔法浴衣じゃないのはどうしてかな。水鞠さんなら絶対着て来ると思ったのに」
岸本も半笑いで言い返す。何故か険悪な雰囲気だ。
「二人共、今は浴衣の話は良くないか? 」
「日高は黙ってて」
「日高は黙ってなさい」
何でお互いが浴衣を着てない事で言い合いになってるんだよ。おかしくない?
「こんな所な居ても邪魔だ。さっさと行くぞ」
呆れて先に歩き出した。だが二人が付いて来ない。ちょ、どういう事!?
理由はすぐに分かった。
二人がナンパ集団に囲まれている。
ああ、そりゃそうか。モデル級の二人だ。こうなる事は必然だった。
それであれか? 止めに入ったら彼氏じゃねーなら関係無いだろ、なんて言われるやつね。面倒臭い。
覚悟を決めて歩み寄ると、突然集団が立ち去っていく。
何だ? 今の不自然な動きは。水鞠が何か魔法を使ったのか?
人の姿が無くなると、その中心に浴衣の少女が現れた。
目が合うと、可愛らしい笑顔を見せる。
「こんな所で会うなんて思わなかったよぉ」
小柄でフワフワとした茶髪が揺れる。
高崎花奈だ。
高崎は青い朝顔の浴衣だ。妹に負けない位に可愛い。明らかに違うのは胸が窮屈そうな所だ。
いかんいかん。胸に視線を向けてはダメだ! 高崎にも変態扱いされてしまう。顔の筋肉で眼球を持ち上げる。涙で視界が滲む。頑張れ俺の外眼筋。
水鞠の姿を見つけると、高崎のテンションが上がる。
「あれ? 水鞠さんも一緒!? 駅で待ち合わせなんて。やっぱり二人は付き合ってるんじゃない!?」
ああ、そういえば高崎は水鞠のファンだった。水鞠はそんな高崎を見て何故か面倒臭そうな表情になる。
完全に取り残されているのは岸本紗英だ。
「あの……高崎さん……?」
何だか申し訳無さそうな声を出す岸本。
高崎は岸本の存在に気が付くと、トコトコと歩き、距離を縮める。
「あれ? 岸本さんも居たの? 何だ〜。もしかして科学部で集まったのぉ? 御免なさい。何か勘違いしちゃったよぉ」
間違いに気付いて恥ずかしそうな顔になる。ちょとドジっ子な所は前からあったけど、違和感を感じる様になったのは何故だろうか。
そして高崎が水鞠の横に並ぶと、目を輝かせる。
「水鞠さん、私服超可愛い! 三つ編みとそのパンツのシルエットが本当に合ってるよ! 赤いサンダルがポイントね」
まるで自分がコーディネートしたかの様な言い方だ。水鞠は無言で表情を崩さない。何故かドン引きしている。
「高崎は一人なのか?」
「約束してた友達が急に来れなくなっちゃってぇ。困ってたのぉ。一緒に居てもいい?」
高崎が小動物の様な仕草でお願いして来た。可愛いなオイ。
だがダメだ。これは遊びじゃない。部活動であり……
「いいよ」
水鞠が即答する。
「いいの!?」
何だよ。部外者がオッケーって……魔法案件じゃなかったのかよ。岸本も呆然としちゃっているよ。
高崎はそんな岸本に跳び付き、腕を組んだ。
「ありがとう。私、岸本さんともゆっくり話してみたかったのぉ」
いきなり岸本が急に大きく見える。背の順で言うならば一番先頭と後尾の差があるわけだから当然か。
意外に岸本も満更でも無い様子を見せている。可愛いからな高崎。
クラスでも人気の女子である高崎と偶然に花火大会で出会う。普通なら嬉しいはずだ。
なのに何だろう。この変な胸騒ぎは。
高崎花奈の正体は、水鞠家最強の証、エースナンバーを持つ「弓の魔法使い」です。
日高と紗英の前では仮面を被り、正体を隠しています。




