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引力と猫の魔法使い [プロトタイプ版]  作者: sawateru
引力魔法と科学室の魔法使い
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第20話 日高誠と元凶の改変者

「ごめん。待たせたな」


 駅の改札口を出ると岸本紗英が待っていた。

 やっぱり、まだ短くなった髪がまだ見慣れない。一瞬探してしまった。


「待たせて悪かった」

 急いで駆け寄る。すると、岸本は返事の代わりに力の無い笑顔を見せた。


「どうした?」

 顔色が悪い。……何か様子がおかしい。


「少し体調が悪いみたい。さっきまでは全然平気だったのに」

「家の人は?」

「いつも仕事で遅いから誰も家に居ないよ。大丈夫。あと一時間もすれば二人共帰って来るから……心配しないで」

 弱々しい声でそう言った後、ゆっくりと歩き出した。

 足取りはしっかりしている。少し様子を見て、無理そうなら俺の家に連絡するか。家には妹も居るだろうし。

 

 これは相談どころじゃ無くなった。岸本に追い付き、荷物を持たせてもらう。


 既に日が落ちて、空は深い藍色に変わっていた。


 いつもより家が遠くに感じる。いつもなら一瞬で着いていた気がしていたのに、不思議な気分だ。


 街道から外れて狭い路地に入った。

 両脇には民家が建ち並ぶ。すれ違う歩行者も少なくなって来た。

 

 心配から何も会話をせずに移動していた。だが岸本からその静寂が破られる。

「さっき……吉田から聞いたんだけど」


「吉田?」

 ああ。部活の時か。二人はテニス部だ。


「またストーカー犯が出たって言ってた。気を付けろって」

「そうなのか!?」

 最近はそんな話が出なくなっていたから、すっかり安心しきっていた。


 ストーカー犯の「追う影」は水鞠が撃退していたからもう出て来ないと思っていた……いや、別の人間って可能性もあるのか。


「吉田、凄い剣幕だった。怖い位に」

「岸本が本当に心配なんだよ。アイツはアホだから深い意味は無い。気にしなくていい」

 そう言うと、岸本はクスリと笑う。

「日高って、吉田の事何でも分かるのね。何だかそういうの羨ましい……」


 そりゃ分かるよ。あんな単純な奴は他にいない。怖い顔をしていたのは、きっと岸本を狙うストーカーの事が許せなかっただけだろう。


「もしかして、相談ってその事か?」

 彼女は一度、影に追われている。そんな話を聞かされたら不安に決まっている。


「違うよ」

 岸本は足を止め、無表情のまま否定した。


 月明かりが厚い雲に覆われ、一瞬で視界が暗くなる。

 藍色の空が漆黒の闇へと変化する。

「岸本?」


「違うよ。裏切ったんだ。私」


 冷たい風が吹き抜け、空気が振動する。  

 突風に飛ばされた砂石が皮膚を叩いた時の様な、無数の小さな痛みが身体を襲う。


 そして元の世界から隔離されるかの様に路地が黒い霧に覆われ始めた。


「……岸本!?」

 間違いない。これは……。この感覚は……。


「どうしよう。日高。私、裏切ったの……。晴人さんの事……」

 岸本の身体が黒い霧に覆われていく。


 影だ……! 岸本は影を生み出している。

 新澤晴人と何かがあったんだ。

「裏切ったって何だよ……!?」


「私が全部悪いの。私が裏切ったから……。ごめんなさい……ごめんなさい……」

 全身の力が抜けていっている様だ。


 岸本は誰かを呪ってはいない。おそらく、自分を責めている。何かの理由でそうなっているんだ。


 影はまだ完全に形になっていない。まだ間に合うかもしれない。でもどうやって?


 スマホを取り出し、電話をかける。

 水鞠に訊くしかない。この状態から岸本を助ける方法を……!


 数回鳴ったコール音の後、水鞠が電話に出た。

『日高!?』

 ……? 様子がおかしい。激しいノイズ音で通話がブツ切りになっている。


「水鞠! 岸本が改変者になりかけてる! どうしたらいい!?」

『……か、は……』

「聞こえない! もう一度言ってくれ!」

『……なの! 強力な結界がそこに……日高……早くそこから離れ……』

 通話が切れる。


 結界って言っていたか? まさか、俺はまた閉じ込められているのか?


 すぐに通話ボタンを押す。

 だが数回コール音が鳴った後、全く繋がらなくなる。


「岸本!!」

 両腕を掴み、引き寄せる。

 瞳は開いたままだ。でも、生気を感じない……!


 恨みや妬みだけじゃない。自分を責めるエネルギーでも改変者になるのか……!?

 岸本の意識が残っている内にどうにかしないと最悪な事になる。


 ──願う未来に改変する者。

 きっと自分を責める呪いは、岸本自身を蝕んで行く。


「岸本! 戻って来てくれ!」


 声が届いているのか分からない。でも諦める訳にはいかない!

 黒い霧がさらに濃くなって行く。

 掴んだ両腕から俺の体も侵食し始め、身体と精神に深い闇が重くのしかかる。このままだと俺も呑まれそうだ。


 いや、待てよ。さっきよりも侵食のスピードが落ちている……!? だったら……俺がもっと闇を引き受ければ岸本の意識が戻るかもしれない。


 俺は岸本の身体を引き寄せた。そして全身を強く抱き締める。


 柔らかくて、氷の様に冷たい感触。


 震える身体を抑え込む様に肩に手を回す。


 俺に引き寄せる力があるのなら、彼女からこの黒い霧を引き離してくれ。


 そう願いながら、両腕に力を入れる。


「日高……?」


「岸本!」

 良かった。意識が戻った。

 ゆっくりと引き離して視線を合わせると、急に照れ臭くなった。


 岸本の目に光が戻り、黒い霧が薄くなっていく。


 だが、一時的なものだ。こんな事で改変者が修正されるなら魔法使い達は苦労しないだろう。


 俺の魔法は発動していなかった。でも影は消えている。


 そうか……。影は「意外な行動」に弱い。


 さっき俺が取った行動は、彼女にとっては意外な事だったのかもしれない。


「どうしたんだろう……私……」

 意識を取り戻した岸本の手を握る。


「日高……?」

「説明してる時間が無い。俺と逃げてくれ」

 そう言って手を繋いだまま歩き出した。


 この状況を作り出した人間は、きっとこの近くに居る。早く逃げないと……!


 黒い霧の壁に手を伸ばす。


「ダメだ……!」


 これ以上進む事が出来ない。見えない壁に遮られている。


「こっちだ!」

 封鎖されていない空間を探して走り出す。

 岸本も意味が分からない様子だったが、黙って付いて来ている。


 だがもう遅かった。辿り着いたのは岸本の家の前だ。完全に誘導されていた。


 もう覚悟を決めるしか無い。


「家の扉の鍵をしっかりかけて、誰が来ても開けないでくれ。俺が連絡するまでずっとだ」


「……え?」

 驚いた表情をする。そりゃそうだな。そんな事いきなり言われればな。

「頼むからそうしてくれ」

 そう言うと、岸本は何かを言いかけたが、言葉を一度飲み込んだ。


「分かった。じゃあ連絡待ってるね」

 力の無い表情を隠す様な笑顔を見せ、玄関の扉を閉めた。そして空を見上げる。


 俺はやっと気付いた。


 今までの一連の現象は全て繋がっていた事に。


 もっと早く気付くべきだった。

 元凶は誰なのかを。


 岸本の家の前から離れ、車道へ出る。

 空は黒く染まっている。


 星一つない……闇。


 人払いの術式に近いものを感じる。水鞠の言っていた、「魔法を使わずに異質な現象を起こす」改変者の能力の一つなのだろう。

 恐らく助けを呼ぶ事は出来ない。


 道路の横幅が異常な程に広がっている。

 空間を無理矢理引き伸ばした様な世界に改変されている。


 十五メートル程先、道路の中央に霧の濃い部分が出現した。

 奴はそこに来る。今日もずっと俺達の後を歩いていたに違いない。


 鉄板を無理矢理に引き裂く様な耳障りな音が響く。


 黒い霧の塊から足が伸び、腕が作り出される。それは人の形に姿を変えて行った。


 頭の部分が裂け、俺の知ってる顔が現れた。


 顔面の血管が浮き出して目が赤く染まっている。まるで鬼の様な形相だ。

 俺はどうにか冷静さを保ちつつ、その人物の名を呟く。

 



「イケメンが台無しだな。新澤晴人……」


 岸本紗英の初恋の相手。コイツが元凶の改変者だ。


 吉田は確かに憎しみで影を生み出していた。それは岸本を狙うストーカーに対してのものだ。


 岸本紗英を狙わずに、犯罪者の方を恨むなんて吉田らしいじゃないか。迷惑な奴には変わりないけどな。


 そしてそのストーカーの正体は、このイケメン野郎だ。


 吉田の分身体が現れたあの日、岸本紗英は駅で新澤晴人と出会っていた。


 あれは偶然じゃない。コイツは岸本を追いかけて来たんだ。自分の意思で。


 異質な能力を使い、欲望を叶えて未来改変を起こす存在「改変者」が目の前に居る。


 分身体とはまるで違う。新澤晴人の本体そのものだ。身体が完全に影によって支配されている。


『オ……マエは何ダ?』

「……!?」

 人としての意識がまだ残っているのか!?


『オマ……エのセイで……』


 人の声にフィルターをかけた様な不快な声だ。俺の声が届いているか怪しいな。


『……ココマデの苦労がムダに……許せん……ユルセン。オマエも……紗英モ……』


 震える両手で頭を抱え込む。霧に包まれた黒い破片が剥がれ、地面に落下する。


『アト少しで紗枝は……俺のモノになったのに……。オマエが現れてカラ……全てがオカシクなった……』

 

「……!?」

 コイツ……何の事を言っているんだ?


『オマエのセイだ──────ッ!』

 突然、感情的になり叫ぶ。空が激しく振動する。


 コイツは改変者だ。改変していたのはきっと、「岸本紗英の恋心」だ。そう考えれば、全ての辻褄が合う。自分の望んだ未来に改変する為に、異質な能力で捻じ曲げたに違いない。


 いや、待てよ。だとしたら、いつから改変されていたんだ? 岸本が新澤晴人を好きだったのは確か……。


 口元が裂け、ニヤけた様な表情に変わり、息遣いが荒くなる。


『時間をカケテ……じっくりと俺好みに育てたからナァ。どうだ? イイ女ダロ?』

 

 ちょっと待て。今なんて言った? 育てた……? 


 まさか……そんな事が本当に出来るのか? 魔法使い達に気付かれずに、異質な力を使って……。


「何年間も岸本を改変し続けて来たっていうのか!?」


 新沢晴人は赤く染まった眼球を細める。


『後は紗枝から……告白ヲサセレバ終わりダッタのニ……。完全ニ……支配出来たノニ……』


 改変者は興奮状態のまま、体を大きく震わせる。

『じっくりと……もっともっと俺好ミに……調教スルつもりダッタノニよォォ──ッ!』


 俺の中で激しい怒りが込み上げて来る。

 コイツの思うツボかもしれない。でも……。


「絶対に許さねぇ……!」

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