第18話 日高誠とコトリと紗英
岸本紗枝が失恋した。
そんな噂が学校中を駆け巡った。いやいや、何かの間違いだろう。
もし本当にそうなら、吉田が黙っていないはずだ。
「吉田、何か知ってるか?」
二時間目の休み時間に何の気無しに訊いてみる。
「いや、分かんねーな。今朝は岸本と直接話してないし。朝練の時は特に何も無かったぞ」
スポーツ狩りの短い髪を指で捻りながら答える吉田。
昨日は祝日だ。俺の知らない間に何かあったかも知れないけど、そうならきっと話してくれているはずだ。
新澤晴人の件は俺だって無関係ではない。何せ一緒に会いに行った訳だし。うん。
メッセージでそれとなーく尋ねる事も出来たが、あまり気が乗らず、気付けば昼休みになっていた。
「高崎は俺の事が好きなのかもしれないな」
俺がいつもの様に弁当の準備をしていると、向かいに座った吉田が突然語り出した。
たまに変な事を言う奴だが、ついにここまで来てしまったのか。俺が知らない間に、また良からぬパンチでも喰らって無いだろうな。
「この間、朝に高崎と二人になっただろ?」
吉田が言っているのは分身体を消滅させた時の話だ。
吉田を教室に残して俺は科学室に向かった。その時に吉田と高崎は教室で二人きりになっていたのだ。
「その時になんつーのかな? 妙に話し掛けて来てな? 趣味とか、普段何してるのー? とか聞いて来た訳よ。その気があるとしか思えなくないか?」
確かに妙ではある。しかも高崎は美術部の作業で時間が無かったはずだ。
「高崎は普段からそんな奴なんじゃないのか?」
やたらと人懐っこい所があるし。
「いや〜どうなんだろうな〜」
完全に浮かれた様子だ。
あれだけ岸本に熱を上げておきながらそれかよ!?
分身体とはいえ、吉田をボコボコにする手伝いをしていたから罪悪感があったけど、今ので完全に無くなったからな。俺もハリセンで五・六発殴っておけば良かったよ。
準備を終えると、吉田がスポーツバッグを開けたまま固まっていた。
「どうした?」
「弁当忘れたわ……。学食行っていいか? この時間だとパンは売り切れてるしな」
珍しい事もあるものだ。弁当に命を賭けている吉田でもそんな事あるのか。
「悪いな日高」
そう言い残し、吉田が教室から出て行ってしまった。
教室には俺と面識の無い女子だけになる。
一人で弁当を食べるのは慣れている。問題無しだ。
「…………」
落ち着かない。何だこの感覚は。自分の変化に驚く。
「移動するか……」
とりあえず教室以外で弁当を食べれる場所はあそこしか思い付かない。
水鞠に電話をかける。するとワンコールで電話に出た。
『珍しいね。どうしたの?』
「そっちで弁当食っていいか?」
『……』
……え!? 何で無言!?
『じゃ、待ってる』
そう言って一方的に切られてしまった。
俺はすぐに弁当を持って一組の教室を出た。
階段を降りて角を曲がる。昼休みに化学室に行くのは初めてだ。何か緊張して来たぞ?
水鞠コトリと出会ってから、俺の中で何かが変化していた。平穏な毎日を掻き乱す、何かを期待している自分がいる。
「何だあれ!?」
考えていいた事が思わず口に出てしまった。化学室の扉の前に立つ、その人物を見て、目を疑った。
金髪ツインテール。はだけた胸元に短いスカート。絵に描いたようなギャルだ。
顔が派手だが、化粧などはあまりしていない。目が碧いから、もしかしたらハーフかも知れない。現世にこんなキャラ本当に居たのか。そして何故かヤカンを手に持っている。
いやいや、そういう事じゃない。俺が期待しているのは、そういうイレギュラーなシチュエーションの事じゃない。
「え──? 何か用?」
気怠そうに尋ねて来た。いやいや、こっちのセリフだよ。胸のリボンの色で理解した。二年生だ。
「科学部部長に用事がありまして」
と、弁当を見せる。
「中、誰も居ないよ。鍵かかってるしー。チョー残念」
そう言い残して去って行った。
何しに来たの!? そして何でヤカン? 謎は深まるばかりだ。
水鞠は居ないのか……。急用かな? 仕方ない。別の場所へ行くか。何故か教室で食べる気がしない。
階段を降り、校舎を出る。一年生が一人で弁当を食べる場所なんて見つかるのだろうか。こういう時、友達が少ないとどうにもならないな。
最悪教室に戻るしか無いか。そんな事を考えながら、ふらふらと校舎裏へ来てしまった。
人の話す声が聞こえる。男女の会話だ。
悪いと思いつつ、しばらく聞いてみる。
誰かが告白し、そして振られた様だ。振られた男は足早に去って行く。
振った女子は肩までの髪の長さで、女子にしては身長が高い方だろう。振り返ると、何故か真っ直ぐこちらに向かって歩いて来る。
「どうしたの日高。こんな所で」
誰なんだ。お前は。
いやいや、分かっている。よく知っている。知っているから余計に驚く。
「あの、えーと」
何か言わなくてはならない。だが何も出てこない。
「これ? 切っちゃった」
岸本紗枝が微笑んだ。
失恋したという噂の原因はこれだった。腰まであった綺麗な髪が肩までの長さになっている。
「髪を切ったら失恋したって言われるのだけれど。いつの時代の話かな」
岸本が溜息をつく。
「吉田は何も言ってなかったな」
吉田らしくない。すぐに反応しそうなものだが。
「長かった時も部活中は髪を纏めていたから、気付かなかっただけだと思うけど」
短くなった髪を気にしながら、指で触る仕草をする岸本。その後、何かに気付いて話を続ける。
「テニスしてても邪魔だから切っただけだから。長い髪に憧れて伸ばしていたけど、何でだったのか忘れちゃったし」
俺が訊く前に、岸本が本当の理由を話して来た。
先日、ストーカー犯は逮捕された。だからこそ気分転換が必要だったのだろう。と、俺なりに推測していた。
「似合ってない?」
岸本が恥ずかしそうに尋ねる。
「いや、良く似合ってるよ」
本当にそう思ったので、正直に答えた。
「ならいいけど」
「…………」
その後に何て言ったら良いのか分からずにいると、突然、スマホが鳴る。
水鞠からだ。通話に出ると、凄い剣幕になっている。
『いつまで待たせるつもり!? ずっと待ってるんだけど!?』
「待ってるって……どこでだよ!?」
『か、が、く、し、つ、だって言ってるでしょー! 』
えー!? どういう事だよ! 居ないって言ってたぞ!?
「どうしたの?」
岸本が心配そうに覗き込んで来た。
「時間が無い。一緒にいいか?」
「う、うん」
岸本を連れて科学室へ向かった。
何が起きているんだ? 訳が分からないぞ。
科学準備室に入ると、水鞠が不機嫌顔で待っていた。
「ラーメンが伸びた。どうしてくれるの!?」
机の上のカップラーメンがカップ焼きそばになっていた。
「先に食べてれば良かっただろうが」
そう言って弁当を机に置く。
「アンタがここで食べたいって言ったからでしょ」
いや、だからってスープが無くなるまで待ってる事無かろうに。
何でこうなったんだっけ? 確か化学室の前で……。
「……あ!」
全てが繋がった。
「水鞠。お前、昼休みずっとここに居たよな?」
「居たに決まってるでしょ!」
「壁の魔法使いを召喚したな?」
すると、水鞠は気まずそうに下を向く。
「……した。カップラーメンのお湯が欲しくて」
「お……お前最低だよ!」
「しょうがないでしょ?! 電気ポットが調子悪かったんだから!」
やっぱりそうだった。
あの時、科学室の前に居たギャルは「壁」の魔法使いだ。
水鞠コトリに頼まれて、お湯が入ったヤカンを手に参上したのだ。どんだけ健気なんだよ……。
俺に嫌がらせするとか、心が狭すぎるだろ!
魔法着と仮面はどこかに隠し持っていたのか? もしかして、普段はカプセルみたいに小さくされていて、刺激を与えると元の大きさに戻るパーチャク方式なのかもしれない。
いや、まさか壁の魔法使いの正体が先輩でギャルでハーフでヤカンとは……属性盛りすぎだろ!
「で、何で岸本さんがここにいるの?」
ここでようやく岸本に触れて来た。いや、絶対気付いてただろ。めっちゃ見える位置にずっと居たし。入る時、ちゃんと「失礼します」って言ってたからな。
「ウチの誠がお世話になってます」
ぶっきらぼうに水鞠が挨拶した。お前は俺の母親かよ。俺は科学部の部員でも無いんだが。
岸本は黙ったままだ。何か話す事とか無いのだろうか。
「たまたま遭遇したんだ。誘ってみた」
昼休みに告白されていた岸本も、昼食を食べていなかったからな。
「好きにすれば?」
この二人、一体過去に何があったんだよ。ギスギス感半端ねーぞ。この二人を会わせたのは失敗だったか? とにかく弁当を食べないと休み時間が終わる。
俺は弁当を、岸本はパンを、水鞠はカップ焼きそばをそれぞれ食べる。……無言で。
ちょっと! 誰か喋ってよ!
「そういえば中学の時……」
突然岸本が話し出した。視線を向ける水鞠と俺。
「水鞠さんとこんな風に二人で話した事がある気がする……何で忘れていたんだろう……」
岸本と水鞠は同じ中学校だったから在り得る話だろ……。
──いや、違う。もしかして岸本は魔法使いの水鞠と接触があったのか?
「覚えてないし」
水鞠がロボットの様に答える。ああ、これは嘘だ。岸本は以前に「影」に出会っているに違いない。
そして水鞠は解決して岸本の記憶を消している。でないとこの反応は変だ。水鞠も性格が悪い。もっと違う言い方もあるだろ。
「変な事言ってごめんなさい。気のせいだと思う」
岸本は視線を下ろし、また無言になる。
それを見た水鞠は反省したらしく、ションボリし出した。
終いには紅茶とお菓子を出して岸本に提供してみたりと何かと落ち着かない。とんだ不器用さんだよ。何がしたかったんだよコイツは……。
昼休み終了のチャイムが鳴り、教室へ戻る時間になった。
水鞠は用事があると言って、俺と岸本を先に化学室から追い出した。
なので、一年の教室へは岸本と二人で向かう。すれ違う生徒からの視線が痛い。
「びっくりした。水鞠さんて日高の前だと、あんな風に変わるのね。本当に意外」
岸本がクスリと笑う。
「慣れれば誰でもあんな感じになると思うけどな」
「ならないよ、きっと」
「そうかな……」
「水鞠さん可愛い……羨ましい……」
岸本が呟く。
羨ましいって……高崎と公園で遭遇した時もそんな様な事を言っていたな。他人の事が良く見えたりするタイプなのかな。
「日高。今日、相談したい事があるの」
お礼の話の次は相談か。おそらく新澤晴人の事だろう。やっぱり駅で何かあったのか? 恋愛経験ゼロの俺だ。力になれるとは思わないが、断る理由も無い。
「了解」
「じゃあ、部活終わったら……校門でいい?」
「おう」
短く答えると、それぞれの教室へ入る。
ん? 校門って言ったか? 駅の間違いじゃなくて?
まあ、後で確認すればいいか。




