第10話 日高誠と異質な魔法特性
「何をしているんだ?」
次の日の放課後。科学準備室のドアを開けると、水鞠コトリが机に向かいノートパソコンを叩いていた。
「報告書を書いている」
水鞠はモニターを見たまま答える。
いきなりファンタジー要素を台無しにして来たよ……。そういや魔法士協会からの連絡もメールで来ていたって言ってたっけ。
この様子だと魔道書も電子書籍だろう。町の本屋が減る訳だ。
しばらく魔法使いの滑らかなブラインドタッチを眺めていると、ようやく視線を向けて来た。
「何? 用が無いなら帰れ」
「また!?」
何で振り出しに戻っているんだよ。何度目だこのやり取りは。面倒臭いな。
よく見ると、水鞠が猫の様な目をギラギラと怪しく光らせている。
「少し休んだらどうだ?」
あれはドライアイだ。長時間のパソコン作業で目が乾いたらしい。
水鞠の事を理解出来る様になったのはいいが、嬉しい様な嬉しく無い様な……複雑な気分だ。
水鞠がノートパソコンを閉じる。
「そうだった。報告書に必要なデータを取るつもりだった。切りのいい所までやらせて」
今日俺を呼び出していた理由を、やっと思い出したらしい。
「なら水鞠はゆっくりやっててくれ。俺は科学室の方で課題やっているから」
どうせ家でやるなら今、終わらせておこう。
「じゃあ、アタシもそっちに行くよ」
何故かノートパソコンを持って科学室に移動する水鞠。
六人用の大きな机に向かい合い、お互いの作業を進める。
夕方の静かな教室に、カタカタとキーを叩く音が響く。
女の子と二人で一緒に勉強するシチュエーションに憧れていたが、相手が魔法使いになるとは思わなかった。何が起きるか人生分からないものだ。
科学室の角に視線を移すと、昨日作成した光の球体が浮遊したままになっている。気になってチラチラ見ていると、水鞠が説明を入れて来た。
「ずっと魔法の解析を続けている。終わったら消えるよ」
「これが誰かに壊される事は無いのか?」
水鞠を邪魔していた奴が、また動く可能性があるんじゃないのか?
「大丈夫。対策済み」
「そうなのか」
大丈夫なのか本当に……。そう言えば、安全の為に解析魔法を化学室に移したって言っていた気がする。
水鞠は作業していたファイルを保存すると、ノートパソコンを閉じて立ち上がった。どうやら一区切りついたらしい。
俺も終わった課題を鞄に入れ立ち上がり、二人が向かい合った。
「今から日高の魔法特性を調査する」
「魔法特性?」
いきなりファンタジーに戻ってきたぞ!?
「魔法使いには核となる得意魔法が必ずある。私は回復魔法」
そう言って両手を差し出すと、黒い球体が現れた。中には無数の星が光っている。まるでプラネタリウムのようだ。
「一番大きい星が回復魔法の星。その次に大きいのが放出系魔法の星。だから私の得意魔法は放出系回復魔法になる」
自分よりも他人を癒す力が強いって事か。
「星が多い方が強力な魔法使いって訳では無さそうだな」
「そう。星が多くても立体魔法陣を素早く作成出来なければ意味は無いし、一つ一つの星のレベルが低ければ弱い魔法しか使えない。多様性はあった方がいいけど、使いこなすにはかなりの修行が必要。新米の魔法使いなら四つか五つ位が普通」
え……水鞠の星の数、無限に見えたけど……。
それを高いレベルで扱えるっていうのか?だとしたらどれだけの才能と努力が必要なのか。
「じゃ、同じポーズを取って」
水鞠の言われるがまま両手を構え、深呼吸する。
「このステータスサークルを出現させるだけでも、本来は数年の修行が必要になる。けど、解析魔法が起動している今なら日高にもすぐ出来るよ」
両手が熱くなり、何かがそこに生まれる感覚がやって来る。独特の機械音と共に黒い球体が現れた。
「うお!? 本当に出て来たぞ!?」
すると、水鞠が割り込む様に覗き込んで来た。
「……何これ?」
呆れた様な声を上げる。ちょ、俺にも見せてくれよ……。
水鞠を避けて目を凝らして見てみる。そこには大きな星が一つ。
在るだけだった。え……? 一つ!?
「日高って珍しい特性の人だったのね。なんて言って良いのか……これは初めてのケースだわ」
水鞠が頭を抱える。
ああ、これ、ダメなやつだ。いいんだよ。最初から期待して無かったしね。
「日高の特性は、引力系魔法ね。魔法使いなら誰でも持っている特性」
ああ、つまり俺は基本中の基本の魔法しか使えないって事か。
「ただ、火や水の魔法と組み合わせて使用するのが普通。要は補助機能のようなもの。引力系魔法がメイン特性で、しかもそれしか無いって……。どういう事?」
水鞠が困惑する。いや、俺が知りたいんですけど。
科学室に音楽が響き出した。携帯電話の着信音の様だ。懐かしいリズミカルな音色。
ああ。これ多分「白ねこムヒョー」のテーマか何かじゃないかな。本当に好きなんだな。
水鞠が慌てて携帯に出る。
「コトリです。遅れて申し訳ありません。はい。現在報告書を制作中です」
どうやら協会からの電話らしい。しばらく会話した後、電話を切った。
すぐにメールを打ち、誰かに送信する。そして深い溜息をついた。
「迎えが来たから帰る。じゃ、また明日」
バタバタと帰り仕度をして科学室から出て行ってしまった。しばらくは忙しそうだな。
……あれ? 「また明日」って言っていたか?
どうやら明日も科学室に来なくちゃならないらしい。
いつになったら終わるんだよ。この謎イベントは……。
気が付くと遅い時間になっていた。慌てて帰り支度を始め、化学室を飛び出した。
下駄箱から靴を取り出し地面に投げる。すると、見覚えのある靴が隣に飛んで来た。
「あれ? 今帰りか日高」
吉田玲二が疲れた顔で登場した。いつもの鋭い目付きが珍しくハの字に見える。テニス部の練習で疲れ切っている様だ。
「ちょっと用事があってな」
そう答えると、吉田はスポーツ刈りの頭を摩りながら反応する。
「用事? あ〜。水鞠コトリか? 噂になってるぞ日高」
「マジかよ……」
水鞠とは普通に並んで廊下を歩いていたし、科学室にも入り浸っていた。噂になるのも仕方無い。
でも、どうせなら高崎花奈とが良かったよ……。
「水鞠ってどんな奴なんだ?」
吉田の問いに、ふと考える。
「どんな奴って……変な奴だよ」
人の部屋の窓を破壊して侵入して来る魔法使いだって言ったら信じるか?
吉田なら信じるかも知れない。だから話せない。それによって魔法的な現象に巻き込まれるのがオチだ。それでは俺が困る。
吉田と二人で校門を出ると、部活を終えた生徒達が、それぞれのグループを作り駅に向かっていた。夕暮れの空は、いつもよりも深い藍色に侵食されている。
俺はふと、足を止めた。
「どうしたぁ日高?」
吉田も立ち止まり、虚な視線を向けて来た。
「吉田悪い。先に行ってくれ。忘れ物した」
「おお。ゆっくり歩いてるわ」
科学室のドアに鍵を掛けて無い事を思い出した。流石にマズイ。
走って科学室に戻る。鍵はどこにあるんだ? まあ、科学準備室のどこかにあるだろう。誰も居ない構内を早足で進む。
そして科学室の前に立つと、扉に手を掛けた。
「……!?」
驚いた。
誰も居ないはずの科学室の中に一人、制服を着た少女が居る。動揺しているせいか、すぐに誰かは分からなかった。
「水鞠……?」
いや、水鞠コトリじゃない。
「誰だ……?」
俺が言葉にする前に、小柄な少女がスローモーションの様に振り返る。
特徴的なフワフワとした茶色い髪が揺れた。
「何でここに……?」
突然の出来事に俺の身体が震える。
「何でだと思う?」
高崎花奈が微笑んだ。
科学室の隅には解析魔法の光の玉が浮いている。高崎はその側に居る。
「日高君こそ……何で今ここにいるのぉ?」
いつもの教室で見る表情だ。それが今は不自然に映る。
高崎花奈は好きなタイプの女の子だ。
そのホンワカした性格と可愛らしい仕草は、俺の心の癒しだったりする。
今思えば、引力魔法が暴走した時、彼女のペンケースが俺の部屋にあったのも納得だ。だって可愛いし。
そんな女の子と教室で二人きりなんて憧れていたシチュエーションだが、望んだ形じゃ無さそうだ。何かがおかしい。
高崎が上目遣いで近寄って来る。突然ピリピリと空気が張り詰める。この感じは……まさか……!?
自然と足が動き、後退りする。
視線を背後に逸らした一瞬の間に、高崎が目の前に現れた。速いなんてものじゃない。まるで瞬間移動だ。
そして小さな身体から放たれた、体重を乗せた右腕の掌底が、俺の脇腹を捉える。
「ぐ……!?」
強烈な衝撃で教室の外へ飛ばされた。
だが、見えない壁に衝突し、弾き返される。
そして受け身を取れないまま科学室の床に叩きつけられた。激痛が体を走り抜ける。
「やはり封鎖されている」
低音の落ち着いた声。まるで別人の様だ。
そうか、別人だ。それか何かに取り憑かれているに違いない。
不思議とすぐに痛みが引いて来た。フラフラと立ち上がる。
「……!?」
高崎花奈の背後から何かが現れた。
青い液体だ。
それは紅茶をカップに注ぐように地面に落ちると、見えない四角い容器に溜まっていく。
正方形の青い塊になると、バキバキと音を立てながら、巨大な翼が突き出して行く。
「影じゃない……!?」
鷲の様な姿になった身体には羽毛が無く、代わりに青い液体が波打ちながら移動している。
鳥型の「影」なのか? いや、前に見た影の様な殺気を感じない。
巨大な翼を広げ、獣の咆哮を上げる。
そして解析魔法の球体に向かって飛び掛かった。まずい。壊される……!?
『出でよ。炎環の弓』
そう呟くと、高崎花奈の右手から光が迸り、立体魔法陣が現れる。それは上下に伸び、弓の形に姿を変えた。
弦を引くと炎の矢が生まれ、青い鳥に向かって撃ち放つ。
放たれた矢は素早い動きを見せた鳥を捉え直撃した。衝撃の後、炎に包まれバチバチと音を立てて崩れ落ちる。
だが、まだ動いている。それを確認すると、制服のスカートを翻し一瞬で間合いを詰める。そして強烈な後回し蹴りを叩き込んだ。
魔法の鳥は光の球体とは逆の方向に吹っ飛ぶと、科学室の壁に激突し砕け散る。
破片となった鳥は液体に戻り、蒸発する様に消滅した。
目の前に起きている事が理解が出来ない。判断が追いついていない。だけど今、一つだけはっきりした事がある。
高崎花奈は魔法使いだ。
そういえば俺を水鞠コトリに引き合わせたのは彼女だった。学校で嫉妬の影に襲われた時も高崎花奈が現れた。……そうだ。
弓型の立体魔法陣。水鞠家の協力者『弓』のコードネームの魔法使いは……。
俺の考えが纏まった直後、高崎はそれを待っていたかの様にスマホを取り出し、通話を始めた。
「襲撃を受けましたが、阻止しました。日高誠が居合わせたので、彼の記憶消去の許可を申請します。はい。条件はクリアしています」
通話が終わると、スマホの画面を確認する。そのまま視線をスライドさせ、俺と視線を交わした。
今、記憶の消去って言ったか!?
「お前は本当に高崎なのか?」
俺の言葉に、どこか哀しげな表情に変わった。そして人差し指を立て、頬に添える。
「人と人はどこで惹かれ合うのかな。見た目や仕草なんて偽る事が出来てしまうのに」
口調も、声の高さも、仕草も違う。これが本当の彼女の姿なのか?
「何の話をしてるんだ?」
俺の問いに、魔法使いの少女は不思議そうに首を傾げる。
「何って……恋の話に決まっているじゃない?」
『……コトリ様の事……よろしくお願いします』
「あれ……?」
気が付くと科学室の扉の前に居た。
扉は開かない。誰かが鍵を掛けてくれたらしい。
今、誰かに会っていた気がしたが、全く思い出せない。まるで魔法にでもかけられた様な気分だ。
「帰るか……」
悩んでも仕方が無い。俺は先に帰った吉田に追いつく為、足早に学校から立ち去った。




