第9話 日高誠と立体魔法陣
放課後の科学室。
俺と水鞠は黒板の前に並び、その時を待つ。そう。最後の指令をクリアする為だ。
指令十 十七時五十五分 科学室 黒板下
「お疲れ様。どうにかなったね」
水鞠が欠伸をしながら労いの言葉をかけて来た。まるで他人事の様な言い方だ。
「影と魔法使いに邪魔されると思わなかったけどな」
シールを貼る簡単なお仕事じゃ無かったのかよ……。報酬が魔法使いのパンツ閲覧じゃ割に合わないだろ。
「対策はしていた。だけど相手の隠密系魔法の能力が予想を越えていたんだ」
「大丈夫なのか?」
「問題無いよ。妨害して来た魔法使いの足取りは掴めた。捕まるのも時間の問題」
そう言い終えると同時に、水鞠のスマホのアラームが鳴る。
「時間だね」
指定の場所にシールを貼る。魔法陣の完成だ。
静まり返る科学室。
「……何も起きないぞ?」
「これから魔法を使うからね」
水鞠はその場で時計周りにクルリと一回転する。すると、マジシャンの様に一瞬で姿が変化していた。
制服の上から紺色の魔法着を羽織り、三角帽子を被っている、いつもの魔法使いスタイルだ。
改めてよく見てみると、複雑な文様が織り込まれていて、随分と使い込まれている。
「変身ポーズや呪文は無いんだな」
光に包まれてボディラインとか色々出ちゃうのも、よくアニメなんかでも見るな。
「昔はあったけど、今は無い。どんどん省略されて来たから」
冗談だったのだが、真面目に答えが返って来てしまった。今はそんな雰囲気では無かったらしい。
「じゃあ、これから立体魔法陣を展開するよ」
「立体魔法陣?」
何だか新しい設定が出て来たぞ?
水鞠が胸の前で両手を合わせ、手の平を上に向ける。すると、そこにサッカーボール程の大きさの黒い球体が出現した。中にはプラネタリウムの様に星が並んでいる。
「これが魔法解析術式の立体図。星の数は十個」
「シールと同じ数……?」
「そう。星の位置もシールを貼った場所と同じ位置関係にある」
黒い球体の中に学校に作った巨大魔法陣のミニチュアがあるイメージらしい。
「現代の魔法使いは長い呪文の詠唱はしない。魔法陣を立体的に組み上げて印を結び、最小限の詠唱で術を完成させる」
水鞠が黒い球体の中に手を入れ、星と星を指で繋ぐ。二つの星が光の線で繋がった。
「見てて」
球体に両手を入れ、あやとりの様に素早く星と星を結んで行く。
すると黒い球体は消え、代わりにガラス細工の様な立体物が現れた。
魔法陣の模様や図形が立体的に組み上がっている。まるで工芸品だ。
「手を乗せて。日高の魔法データをインプットする」
水鞠の言われた通りに手を乗せる。何だかジンワリあったかい。
『解析魔法展開』
水鞠の声と連動する様に、立体物が砕け散った。
そして光が水鞠を覆い隠していく。
「水鞠!?」
思わず名前を叫んだ。
科学室の窓がガタガタと音を立てる。窓ガラスが割れないか心配になるレベルだ。時間が経つにつれ光が収まり、目の前で球体に変化した。
「何だよこれは」
「今、日高を起点に魔法が発動している。これを化学室に移す。その方が安全だからね」
そう言って水鞠が掌を向けると、光の球体がフワフワと空中を漂い、化学室の隅に移動した。
「魔法は完成したよ。あとは解析結果が出るまで待つ」
「すぐに出ないのか? 提出期限は今日迄だろ?」
「簡易データが取れたから、とりあえずそれを提出する。報告書の提出期限が二週間後。それまでに完璧なデータを作成する」
そう言って水鞠が大きな欠伸し、フラフラと揺れ始めた。
「続きは明日。今日は眠くて……無理」
まあ、立ったまま寝る位だからな。今日はゆっくり休んでくれ。
科学室を後にし、二人で校門の前にやって来た。
夏の夕日は後少しでお休みの様だ。薄暗い中、下校する生徒も疎になっている。
「お前はどうやって帰るんだ?ホウキに乗って飛んでいくのか?」
俺の質問にしばらく無言でいると、水鞠は遠くの空を見ながら答える。
「まだ免許を持っていないから乗れない。十八歳になったら教習所へ行くつもり。たぶん合宿で取ると思う」
「……そうか」
冗談か本当か分かり辛い! 疲れて突っ込む元気も無い。車みたいに免許取れるものなのかよ。なんて事を考えていたら、黒塗りの高級車が目の前に止まり、水鞠が乗り込んだ。
「じゃ、また明日。科学室で。後は何も心配しなくていいから」
「おう。明日な」
車は普段聞かない高級なエンジン音を響かせて動き出した。そのまま空へ飛んで行くのかと思ったがそんな事も無く、地面を滑らかに走って行った。
「魔法……使わないのかよ……」
現実の魔法使いは、小さい頃見ていたアニメとは違っていた。
魔法のコンパクトも無いし、アダルトタッチで変身する事も、アイドルに変身する事も無い。おまけに可愛いマスコットも居ない。
魔法による未来改変の修正と、人が呪いで生み出す「影」の消滅に奔走している。夢や希望のファンタジーとは程遠い存在だ。
「また明日……か……」
明日も科学室へ行く必要があったのかよ俺……。これで終わりじゃなかったらしい。
決めた。この訳の分からないファンタジーに付き合うのは明日で最後にしよう。
面倒で気が重かったが、そう決心したら、足が軽くなった様な気がする。俺は一人、駅に向かって歩き出した。
その後、何故かモヤモヤする気持ちを意識しつつ、電車で二駅を移動する。
いつもの改札口を出ると、珍しく人で溢れていた。
迷惑なのは分かっていたが、思わず足を止めてしまった。
駅を降りたら、もうすぐ家に着く事を母親にメールしようとしていたのだが……。
立ち止まったのは、それが理由じゃ無い。
切符売り場の柱の陰に、同じ学校の制服が見えたからだ。
岸本紗英か……。また会っちゃったよ。
スマホで真剣にメールを打っている。きっと家族が迎えに来るのだろう。ここはスルーでオッケーだな。
岸本には声をかけず、一人で駅を出る。
空は闇に覆われていないし、影の気配も無い。きっと大丈夫だろう。
全ては解決に向かっている。
俺の魔法の暴走とやらで水鞠には迷惑をかけたけど、ここで俺の役目は終わりだ。後の事は本職の魔法使いに任せればいい。
俺の頭の中ではエンドロールが流れている。後は急展開のCパートが無い事を祈るのみだ。……ん?
……そんな甘い考えを否定される様な、イヤーな視線を背後に感じた。
いやいや、気のせいだろう。
恐る恐る振り返る。うん、誰も居ない。
いや居た。少し離れた場所に人影が見える。思わず二度見してしまった。
岸本紗枝だ。真顔で俺の事をジイッと見ている。
怖──ッ! 何で黙って付いて来てるの!?
確かに声をかけなかった俺も悪いけど、君も声かけてくれても良くない? え!? どうする!?
今更なので無視する事にする。面倒臭いし。
「ちょっと! 何で無視するの!?」
ついに岸本から話かけて来た。俺はあからさまに嫌そうな顔を作り、答える。
「いや、特に話す事無いだろ」
岸本はムスッとした表情になると、長い髪を夜風に揺らしながら距離を縮めて来た。
俺の耳元まで顔を近付け、小声になる。
「また変な視線を感じるの。一人にするつもり?」
視線……? てまさか……また「影」が出たのか!?
岸本と距離を取り、神経を研ぎ澄ます。だが、あの独特なピリピリとした感覚が無い。
空を見ても異様な暗さになっていないし、人通りもある。
「気のせいだろ?」
「本当だから!」
相変わらずキツいなぁ。でも前よりかはマシになってる気がする。
そんなやり取りをしながら二人並んで歩いていたが、岸本が何かを思い出した様に立ち止まった。
「そう言えば日高に訊きたい事があったんだけど」
「え……? 何だよ」
何か訊かれる事なんてあったっけ。足を止めて身構える。
「今日、部室棟の近くに居なかった? 水鞠さんと」
「水鞠と……!?」
確かに俺は魔法陣を作る為に水鞠とそこに居た。多分、脱出した後の事だろう。あの時に見られていたらしい。
「中学生の頃から水鞠さんは変な事してたから、付き合わされているなら気をつけた方がいいと思うけど」
岸本はそう言って先に歩き出す。付いて行く俺。
驚いた。岸本と水鞠は中学校が同じだったのか。二人に接点があるとは思わなかった。
話の内容からして、水鞠は中学生の頃から改変現象と戦っていたらしい。そりゃそうか。魔法使いの一族の当主とか言っていたな。
岸本からの忠告は手遅れだ。学校中に猫のシールを貼る「変な事」は無事終了している。
そうやって今日の俺の行動も「変な事をしていた」記憶として誰かの記憶に残って行くのかも知れない。
いやいや、妙に納得している場合じゃ無い。岸本に説明しなくてはならない。水鞠コトリと一緒に居た理由を。
「突然、科学に目覚めたんだよ。科学部の体験入部で実験してたんだ」
「突然……? 実験ね……」
分かっている。苦しい言い訳だった。疑いの眼差しが痛い。
「つまりは水鞠さんが目当てって事ね」
「何でだよ!? それは絶対に違うからな」
即否定しておく。
まあ、今日一日の水鞠と俺の行動を客観的に見れば、そう思うかもな……実際。
「ふ──ん」
雑に返してくる岸本紗英。そして、そのまま先を歩いて進んでいく。
……何を考えているのかさっぱり分からん。




