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ワケあり召喚術士、まかりとおる!  作者: 鈴木えんぺら
第3章 帝国の召喚術士
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第20話 襲撃 その2


 正体どころか数すら知れないエルフの襲撃。

 やまない雨に音はかき消され、薄暗い森が視界を遮る。

 森に産まれ森に生きる奴らと比べれば、格段に不利を強いられる戦いが続く。

 

「『雷撃』!」


 もう何度目かになる紫電が木々を縫って森を照らす。

 手持ちの札で視界の不利を打ち消すならば、

 動きながらの『雷撃』が有効だろう。

 もちろん『障壁』を途切れさせることは厳禁だ。


「ステラ、魔力大丈夫なの?」


「大丈夫、まだ行ける」


 と咄嗟にテニアに向かって強がってみたものの、

 いくら簡易な『雷撃』の魔術とはいえ、

 こうも短時間に連発するとなかなかの負担になる。

 ……久しぶりに鞄に眠っている激マズ回復薬のお世話になるかもしれない。


「ニャニャ、ニャ――――ッ!」


「先輩燃えてるな~」


 獅子奮迅の活躍を見せるクロへの賛辞の言葉を口にしつつ、

 周囲からの奇襲攻撃に警戒するテニア。

 雨に濡れた髪が重そうに揺れている。


「しっかし、何でエルフが襲ってくるんかな?」


「わかんね」


 帝国とエルフは良好な関係を築いていたはずだし、

 ここ最近になって急に仲違いしたという話も聞かない。

 何かあったとすれば――


――いや、余計なことを考えるのはよそう。


 実際に里を訪れてみれば、結論は出るだろう。

 今は目の前の敵に集中すべきところだが――


 ポニーテールのテニアだけでなく、オレも数多の水滴を含んだ桃色髪が重い。

 視界を遮る前髪を横へ流すと、水滴が肌を伝って流れ落ちる。

 服はここ数日ですっかりずぶ濡れになり、不快感は限度を突破してしまっている。


「来たよ、ステラ」


 耳元で囁くテニアの声。

 弓矢ではなく足音を雨に紛れ込ませて接近している奴がいると言う。


「気づいてないふりして逆に奇襲、それでいい?」


「ああ」


 頷いて間もなく、


「シャアッ!」


 背後の茂みから飛びかかり、短剣を右手に襲いかかる黒マント。

 しかし――こちらは準備万端。


「『障壁』!」


 一時的に守りを強化して凶刃を弾き、


「手ごろなサイズならアタシでもさぁ!」


 左右の短剣を閃かせたテニアが、

 敵手の短剣を弾き、返す刃で首筋を切り払う。

 またもや聞き覚えのない奇声を放ち、黒い腐葉土に倒れ込む。

 赤い液体が大地を染め広がっていく。


「よっし、あと何人?」


「クロ、そっちはどうだ?」


 少し距離が空いてしまった相棒に呼びかける。


「二人!」


 全滅とはいかないまでも、残りは森の奥に姿を消したと黒猫は言う。


「追うかニャ?」


 その言葉に、しばし迷う。

 エルフの里に向かうまでに、できれば襲撃部隊は始末しておきたい。

 コイツらと里の関係は不明だが、非戦闘員がいると思われるところに連れて行きたい相手ではない。

 そもそもこの連中が集落の住民である可能性は捨てきれないが、

 もしそうだった場合にしても、前後から挟み撃ちを受けるのは避けたい。


 しかし、同時にこのまま戦い続けて全滅させられるのかという疑問もある。

 天候を始めここはオレ達にとって条件が悪すぎる。

 エルフに有利な森の中で、何人いるかわからない刺客と戦うというのも気が滅入る。


「……う~ん」


 オレ達の目的は第一にエルフの里。

 どこにあるかもわからない彼らの居住区にたどり着くまでに襲撃があれば、

 その都度対処する方が賢明だろうか。


――いや、でも、しかし……


「ステラ?」


「あ、いや、ちょっと待ってくれ」


 身体を突き動かしていた戦闘の興奮が去り、

 さらに連日の強行軍の疲労も合わさって、いまいち考えがまとまらない。

 そんなタイミングだったからこそ――


「ご主人!」


「え?」


 近くに倒れ伏していた黒マントが跳ね上がり、その手に残された刃が煌めく。

 こちらに向かって突っ込んでくる姿がやけにスローモーションに見えた。

 テニアだけでなく、地面から跳ねる泥も空から降り注ぐ水滴すらも、

 その動き無限に引き延ばされ、もちろんオレ自身も――


 瞬間、軽く視界がブレて泥まみれの黒い大地に倒れ込んだ。


「え?」


 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

 先ほどまでオレがいたところにクロがいて、

 黒マントの刃がその腹に刺さっていて、

 ほかには誰も動いていない。


「クロ?」


 返事がない。


――オレを助けようとして身代わりになった!?


「先輩、このッ!」


 慌てて駆け寄ってきたテニアが、凶手の首先を深々と切り裂く。

 歪な笑みを浮かべたエルフが大地に沈み、クロもまた地に墜ちる。

 その様が、あまりに不吉な未来を予想させて――


「クロ……クロっ!」


 急いで駆け寄るも、抱き上げたその小さな身体からは、

 想像もつかないような量の血が流れだしている。

 腹に突き刺さった刃を慎重に抜いて、『治癒』の魔術を詠唱開始。


「あ……え……あれ?」


 何度も舌を噛みながらようやく詠唱が成功。

 クロの小さな身体を暖かい光が包む。

 でも――傷口が塞がらない。


「クソッ!」

 

 一度でダメなら二度、それでも治らないなら三度、四度、五度……

 傷口が消えるまで何度だって詠唱を繰り返す。

 鞄の中から取り出した魔力回復薬を一気飲み。

 苦味は気にならない。そんなことはどうでもいい。


――治れ、治れ、さっさと治りやがれ!


「あ……にゃ……」


 弱々しい声が大きな口から漏れる。


「クロ!?」


 しかし相棒はこちらからの呼びかけには応えず、

 再び身体から力が抜けていく。

 いつもは軽いその身体が、やけに重たく感じられるのは――きっと気のせいだ。

 

――焦るな。まだ意識はある。


 油断なく周囲を見張るテニアの顔にも緊張が走る。


『目を覚ますのだ、黒猫』


 魂の中のエオルディアが唸る中、

 ただひたすらに『治癒』を使い続ける。

 胸中に占めるは自責の念。

 

――なんでオレの魔術はこんなに未熟なままなんだ!?


 どれだけ自分の不甲斐なさに怒りを覚えようとも、

 愚痴を口にするのがもったいない。

 そんな余裕があるなら『治癒』を使う。

 長かったのか、あるいは短かったのか、

 時間の感覚がなくなってきたころになって――


「ステラ?」


「傷口はふさがった」


 テニアの声に機械的に答える。


「やった!」


「でも」


「でも?」


「血が流れ過ぎた。それに、これ……」


 拾い上げたエルフの短剣には、クロの血でもなく雨水でもない汚れた緑色の液体が。


「毒か!」


『うぬぅ』


 ただの傷だけでも大変なのに毒まで使われていては、

 オレの魔術だけで回復までもっていくのは絶望的だ。


「どうしよう、どうすれば……」


 頭の中がぐるぐると回り、どうすればいいのかわからない。

 視界が歪み、呼吸もままならない。

 オレは、これから、今から、何をすれば――


「ご、ご主人……大丈夫かニャ?」


 うっすらと目蓋を開き、中から覗く潤んだ金色の瞳。

 うなされるように弱々しく荒い息とともに漏れたクロの言葉。


「それはオレの台詞だ、この馬鹿猫!」


 よかったにゃ。

 ただ一言呟いて、また瞳が閉じられる。

 その顔は悔いなしとばかりに微笑みが浮かんでいて――


「おいクロ、冗談だろ……さっさと起きろよ、おい!」


「ステラ、しっかりして!」 


 右の頬に熱い痛みが走り、

 テニアが振り抜いた掌に打ち据えられたと気付く。


「アタシら、今からエルフの里に行くんでしょ」


 今となっては敵か味方かはわからなくなってしまったが、

 エルフは薬学に長けている。長い時を生きるエオルディアがそう言っていた。

 皇帝陛下の薬だけじゃなく、クロを救う薬もあるかもしれない。


「いや、きっとある。絶対ある!」


 だから『治癒』の魔術を使いながら走るんだ。

 こっちに襲いかかってくる奴は、全部アタシがぶっ殺す。

 テニアの強い言葉と肩を掴んで揺する強い力を感じ、

 ようやく熱を帯び、涙が溢れそうになっていた目に力がこもる。

 歪んでいた視界が再び焦点を合わせ始める。


「ああ……ああ……」


「行くよステラ、しっかりついてきな!」


「ああ!」


『治癒』の詠唱を途切れさせることなく、

 テニアから離れることもなく全力で駆け抜ける。


 杖はここに置いていく。

 両手に抱いたクロの温もりが消えないように、

 強く、強く抱きしめるために。


「さっさと出てきなよエルフども!」


 叫ぶテニアはどちらのエルフに呼びかけているのか。


「結界だか何だか知らないけど、けが人がいるんだよ」


 いつもの飄々とした態度からは想像もつかない切実さを持って、

 その細い喉を通った言葉が唇から紡がれる。


「ちょっとでも心ってもんがあるんなら、早く出てきて助けろっていってんの!」


 暗い森に木霊するテニアの声にも苛立ちが混じる。

 それは、奇襲を仕掛けてきたエルフに対してか、

 あるいはエルフに止めを刺し損ねた自分自身に対してか。


 声はかすれようとも脚は止めず、

 魔力が失われて意識が飛びそうになっても、

 絶対に『治癒』を欠かすことはなく。


 魔物を呼ぶことすら気が回らなかった、たった二人の雨中の行軍。

 誰にも襲われなかったということは、恐らく奇跡だったのだろう。


 いったいどれだけどの方角に走り続けたのやら、

 魔力不足の頭痛と視界の明滅に苛まれながらも、

 やっと発見した森の中に浮かぶ不自然な光。


――エルフの結界か!?


「ステラ、あれ!」


「ああ、飛び込むぞ!」


 我が事ながら一瞬のためらいもなく。


――もう少しだ。耐えろよ、クロ!


 中を確認する余裕もないままに二人でその輝きに飛び込んだ。

 胸に抱いた相棒の命が、まだ生きることを諦めていないと信じて。

次回『妖精の里』となります。

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