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透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


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第八十六話 向こう側の街

感情は、“捨てた瞬間”に終わるわけじゃない。

いつか必ず、“持ち主の元へ帰ろう”とする。

 「“向こう側”が動き始めました」


 


 


 紗凪のその言葉が。


 


 


 静かな店内へ、ゆっくり沈んでいく。


 


 


 レンは、息をするのも忘れていた。


 


 


 向こう側。


 


 


 感情を回収する場所。


 


 


 捨てられた感情の行き先。


 


 


 そんなもの、本当に存在するのか。


 


 


 でも。


 


 


 目の前の少女を見ていると。


 


 


 否定できなかった。


 


 


 紗凪は、人間っぽいのに。


 


 


 どこか決定的に“ズレている”。


 


 


 アカネが低く聞く。


 


 


 「……何が起きるの」


 


 


 紗凪は少し考える。


 


 


 そして。


 


 


 静かに言った。


 


 


 「バランスが崩れます」


 


 


 レンは眉をひそめる。


 


 


 紗凪は続ける。


 


 


 「感情って、本来流れるものなんです」


 


 


 「苦しみも」


 


 


 「愛情も」


 


 


 「喪失も」


 


 


 「全部、人の中で循環する」


 


 


 その声は穏やかだった。


 


 


 まるで授業みたいに。


 


 


 でも。


 


 


 内容は異様だった。


 


 


 「でもこの街は」


 


 


 「それを“外へ捨てる”ことを覚えてしまった」


 


 


 レンの胸がざわつく。


 


 


 紗凪は静かに続ける。


 


 


 「捨てられた感情は、“向こう側”へ溜まる」


 


 


 「ずっと」


 


 


 「何年も」


 


 


 店内が静まり返る。


 


 


 レンは思わず聞いた。


 


 


 「……溜まったら、どうなる」


 


 


 紗凪はレンを見る。


 


 


 そして。


 


 


 ほんの少しだけ寂しそうに笑った。


 


 


 「溢れます」


 


 


 その瞬間。


 


 


 店の照明が、また一瞬だけ揺れた。


 


 


 レンの背筋へ寒気が走る。


 


 


 紗凪は静かに窓の外を見る。


 


 


 「最近、この街」


 


 


 「感情障害、増えてるでしょう?」


 


 


 レンは息を呑む。


 


 


 確かにそうだった。


 


 


 感情喪失症候群。


 


 


 情緒暴走。


 


 


 突然泣き出す人。


 


 


 空っぽになる人。


 


 


 それら全部が、“ただの個人の問題”じゃないとしたら。


 


 


 紗凪は続ける。


 


 


 「感情は、本来消えません」


 


 


 「捨てたつもりでも、どこかに残る」


 


 


 「そして今」


 


 


 少しだけ間が空く。


 


 


 「戻ろうとしてる」


 


 


 その言葉で。


 


 


 レンはシロを思い出す。


 


 


 涙を取り戻した夜。


 


 


 蓮が、笑い方を思い出した瞬間。


 


 


 アカネが泣いた夜。


 


 


 全部。


 


 


 “戻り始めていた”。


 


 


 その時。


 


 


 レンが低く聞く。


 


 


 「……向こう側って、どこなんだ」


 


 


 紗凪は少し黙った。


 


 


 やがて。


 


 


 静かに言う。


 


 


 「この街の裏側」


 


 


 レンは眉をひそめる。


 


 


 意味がわからない。


 


 


 でも。


 


 


 紗凪は冗談を言ってる顔じゃなかった。


 


 


 紗凪は続ける。


 


 


 「感情を捨てすぎた街には」


 


 


 「必ず、“もう一つの街”が生まれる」


 


 


 その瞬間。


 


 


 レンの脳裏へ、奇妙な感覚が走る。


 


 


 静かすぎる夜。


 


 


 空っぽな人々。


 


 


 ネオンだけが光る街。


 


 


 この透明都市そのものが。


 


 


 どこか“現実からズレている”気がしていた。


 


 


 紗凪は、そんなレンを見ながら静かに言った。


 


 


 「近いうちに、“境界”が開きます」


 


 


 アカネの目が鋭くなる。


 


 


 「……何が目的」


 


 


 紗凪は少しだけ笑った。


 


 


 でも。


 


 


 その笑顔は、どこか悲しかった。


 


 


 「回収ですよ」


 


 


 「捨てられた感情を、元の持ち主へ返すための」


 


 


 その瞬間。


 


 


 レンの胸が、強くざわついた。

読んでいただきありがとうございます!


物語はついに、“透明都市の裏側”へ触れ始めました。

次回、レンは“向こう側へ繋がる場所”を目撃します!

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