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透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


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第八十五話 回収される感情

感情は、一度捨てても終わりじゃない。

“戻り始めた時”、何かが代わりに動き出す。

 「“回収”のお手伝い、しませんか?」


 


 


 少女の声は穏やかだった。


 


 


 なのに。


 


 


 店の温度だけが、急に下がった気がした。


 


 


 レンは無意識に身構える。


 


 


 目の前の少女は、笑っている。


 


 


 でも。


 


 


 その笑顔には、“人間らしい揺れ”がほとんどなかった。


 


 


 アカネが低く言う。


 


 


 「……誰の紹介」


 


 


 少女は小さく首を傾げる。


 


 


 「紹介、というより」


 


 


 少し笑う。


 


 


 「様子を見に来ました」


 


 


 レンは眉をひそめる。


 


 


 “様子”。


 


 


 まるで。


 


 


 月見坂そのものを監視していたみたいな言い方だった。


 


 


 アカネは静かに立ち上がる。


 


 


 その目は、完全に警戒していた。


 


 


 「名前は?」


 


 


 少女は答える。


 


 


 「紗凪さな


 


 


 静かな声。


 


 


 レンは、その名前を頭の中で繰り返す。


 


 


 紗凪。


 


 


 どこか、この街に似合いすぎる名前だった。


 


 


 紗凪は店内を見回す。


 


 


 古い照明。


 


 


 珈琲の香り。


 


 


 黒い棚。


 


 


 そして。


 


 


 最後にレンを見る。


 


 


 その瞬間。


 


 


 レンの胸に、妙な寒気が走った。


 


 


 見透かされている感じ。


 


 


 心の奥を。


 


 


 直接触られているみたいな。


 


 


 紗凪は小さく笑う。


 


 


 「あなた、戻り始めてるんですね」


 


 


 レンの呼吸が止まる。


 


 


 アカネが低く言う。


 


 


 「やめなさい」


 


 


 紗凪は肩をすくめる。


 


 


 「別に壊す気はありません」


 


 


 その言い方が。


 


 


 逆に怖かった。


 


 


 紗凪は静かに続ける。


 


 


 「でも珍しいんです」


 


 


 「感情を売った人間って、大体戻ってこないから」


 


 


 レンの胸がざわつく。


 


 


 戻ってこない。


 


 


 それはつまり。


 


 


 感情を失ったまま生きる人間の方が多いということだ。


 


 


 紗凪は淡々と言う。


 


 


 「人間、楽な方へ慣れるので」


 


 


 「痛みを感じない世界って、すごく快適なんですよ」


 


 


 レンは反射的に言い返す。


 


 


 「どこがだよ」


 


 


 紗凪はレンを見る。


 


 


 感情の読めない目。


 


 


 「違いますか?」


 


 


 静かな声。


 


 


 「苦しまなくて済む」


 


 


 「失恋も」


 


 


 「孤独も」


 


 


 「後悔も薄れる」


 


 


 「人って、本来それを望んでるでしょう?」


 


 


 レンは言葉に詰まる。


 


 


 確かに。


 


 


 昔の自分は望んでいた。


 


 


 痛みのない世界を。


 


 


 でも。


 


 


 その先に待っていたのは、“楽”じゃなかった。


 


 


 空っぽだった。


 


 


 その時。


 


 


 アカネが静かに言った。


 


 


 「……で?」


 


 


 紗凪が顔を向ける。


 


 


 アカネの声は冷たい。


 


 


 「何を回収する気」


 


 


 紗凪は少しだけ笑った。


 


 


 そして。


 


 


 静かに答える。


 


 


 「溢れ始めた感情です」


 


 


 その瞬間。


 


 


 レンの背筋へ冷たいものが走る。


 


 


 紗凪は続けた。


 


 


 「最近、この街」


 


 


 「戻り始めてる人、多いんですよ」


 


 


 「忘れた恋を思い出したり」


 


 


 「泣けなかった人が泣いたり」


 


 


 「空っぽだった人が、“誰かを好き”になったり」


 


 


 その言葉で。


 


 


 レンは理解する。


 


 


 シロ。


 


 


 蓮。


 


 


 アカネ。


 


 


 そして、自分。


 


 


 紗凪は静かに微笑んだ。


 


 


 「だから、“向こう側”が動き始めました」


 


 


 店内が、死んだみたいに静かになった。

読んでいただきありがとうございます!


ついに“向こう側”が本格的に動き始めました。

ここから物語は、恋愛と喪失だけでは終わらない領域へ入っていきます!

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