第七十六話 眠れない夜の向こう
“もしあの時”という感情は、忘れた頃に人を苦しめる。
その夜。
レンは、久しぶりに眠れなかった。
部屋は暗い。
時計の音だけが、小さく響いている。
ベッドへ横になりながら。
レンはスマートフォンを見つめていた。
画面には、美月との短いやり取り。
【ちゃんと笑ってる感じする】
その一文だけで。
胸が妙に苦しくなる。
レンは小さく息を吐く。
昔の自分なら。
この感情から逃げていた。
怖くて。
失うのが嫌で。
だから全部消した。
でも今は。
ちゃんと痛い。
ちゃんと、美月を思い出してしまう。
その時。
スマートフォンが震えた。
美月からだった。
【起きてる?】
レンは苦笑する。
タイミングが良すぎる。
まるで。
向こうも眠れていないみたいだった。
レンは返信する。
【起きてる】
すぐ既読。
少し間が空いて。
【私も】
その短い言葉に。
レンの胸が静かに揺れる。
レンは少し迷ってから打った。
【珍しいな】
既読。
そして。
【最近、夜になると色々考えちゃう】
レンは画面を見つめる。
その言葉の意味を、考えてしまう。
でも。
勝手に期待したくなかった。
期待は、人を簡単に壊す。
レンは少し悩んでから送る。
【例えば?】
長い沈黙。
既読はついている。
でも返ってこない。
レンは小さく息を吐いた。
聞きすぎたかもしれない。
その時。
画面が光る。
【レンのこと】
呼吸が止まる。
部屋が静まり返った。
レンはスマートフォンを握る。
胸が、うるさい。
美月は続けた。
【最近、また昔みたいに話せるから】
【余計に色々思い出しちゃう】
レンは目を閉じる。
昔。
二人で夜更かしして。
くだらない話をして。
眠れない夜に通話して。
そういう時間が、確かにあった。
レンはゆっくり打つ。
【……俺も】
送信。
少しだけ指が震えていた。
数秒後。
美月から返事。
【ねえ】
レンの胸が強く鳴る。
そして。
【もし、記憶消してなかったら】
【私たち、どうなってたと思う?】
その瞬間。
レンは、何も言えなくなった。
読んでいただきありがとうございます!
ついに美月側から、“過去への未練”が溢れ始めました。
次回、レンと美月――止まっていた恋が再び動き始めます!




