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透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


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第七十四話 感情を抱えたまま

感情は、人を壊す。

でも同時に、“生きている実感”もくれる。

 アカネの涙は、しばらく止まらなかった。


 


 


 静かな店内。


 


 


 珈琲の香り。


 


 


 夜のネオン。


 


 


 その全部の中で。


 


 


 藤堂アカネだけが、まるで長い夢から覚めたみたいに泣いていた。


 


 


 レンは何も言わなかった。


 


 


 言えなかった。


 


 


 多分これは。


 


 


 誰かに慰められる時間じゃない。


 


 


 “止まっていた感情”が、やっと流れ始めた時間だった。


 


 


 雪斗も、静かにアカネを見ていた。


 


 


 苦しそうに。


 


 


 でも。


 


 


 少しだけ安心した顔で。


 


 


 アカネは涙を拭いながら、小さく笑う。


 


 


 「ほんと、最悪」


 


 


 掠れた声。


 


 


 「今さら泣くとか」


 


 


 雪斗は苦笑した。


 


 


 「十年くらい遅い」


 


 


 アカネは思わず吹き出す。


 


 


 泣きながら。


 


 


 でも、ちゃんと笑っていた。


 


 


 レンはその姿を見て、胸の奥が少し熱くなる。


 


 


 アカネにも。


 


 


 こんな顔があったのかと思った。


 


 


 その時。


 


 


 アカネが静かに雪斗を見る。


 


 


 「……ねえ」


 


 


 雪斗が顔を上げる。


 


 


 アカネは少し迷ってから聞いた。


 


 


 「なんで今さら戻ってきたの」


 


 


 店内が静まる。


 


 


 雪斗は少し黙った。


 


 


 やがて。


 


 


 静かに答える。


 


 


 「限界だった」


 


 


 レンは目を細める。


 


 


 雪斗は苦笑する。


 


 


 「感情見る仕事、やめたんだ」


 


 


 アカネの目が揺れる。


 


 


 雪斗は続けた。


 


 


 「もう、人の感情見続けるの無理だった」


 


 


 「壊れると思った」


 


 


 少しだけ間が空く。


 


 


 「でも辞めたあと、もっと空っぽになった」


 


 


 その声には、深い疲労が滲んでいた。


 


 


 雪斗は窓の外を見る。


 


 


 「気づいたら」


 


 


 「会いたくなってた」


 


 


 アカネは静かに聞いている。


 


 


 雪斗は笑った。


 


 


 弱い笑いだった。


 


 


 「お前、まだここにいる気がして」


 


 


 レンは思う。


 


 


 人って、多分。


 


 


 壊れた時ほど、“帰りたい場所”を思い出す。


 


 


 その時。


 


 


 アカネがぽつりと呟いた。


 


 


 「……ばかだね、私たち」


 


 


 雪斗が少し笑う。


 


 


 「うん」


 


 


 「かなり」


 


 


 アカネはカウンターへ寄りかかる。


 


 


 そして。


 


 


 静かに目を閉じた。


 


 


 涙はもう止まっている。


 


 


 でも。


 


 


 胸の奥には、まだ熱が残っていた。


 


 


 アカネはゆっくり言う。


 


 


 「私、多分」


 


 


 レンと雪斗が顔を向ける。


 


 


 アカネは少し笑った。


 


 


 「感情なくさなくてよかった」


 


 


 その言葉で。


 


 


 雪斗の目が、静かに揺れた。


 


 


 アカネは続ける。


 


 


 「苦しいし」


 


 


 「しんどいし」


 


 


 「人の感情見すぎると壊れそうになるけど」


 


 


 小さく息を吐く。


 


 


 「それでも」


 


 


 窓の外のネオンを見る。


 


 


 「ちゃんと感じられる方が、綺麗だった」


 


 


 店内は静かだった。


 


 


 でも。


 


 


 その静けさは、もう“止まった空気”じゃなかった。

読んでいただきありがとうございます!


アカネ編、ひとつの大きな区切りです。

次回、レンは“自分が本当に向き合うべき感情”へ近づいていきます!

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