第七十三話 止まった感情
止まっていた感情は、“誰かに本音をぶつけた瞬間”に動き出すことがある。
「……お前を好きだったからだよ」
榊雪斗の声は、静かだった。
でも。
その一言だけで、空気が変わる。
レンは息を呑んだ。
藤堂アカネも、動かなかった。
ただ。
目だけが、ほんの少し揺れている。
雪斗は苦しそうに笑った。
「言ってなかったっけ」
アカネは答えない。
雪斗は視線を落とす。
「いや、言えなかったのか」
静かな店。
時計の音だけが、小さく響く。
雪斗は続けた。
「お前、ずっと壊れてたから」
「感情閉じ込めて」
「平気な顔して」
「毎日、人を救って」
声が少し掠れる。
「だから怖かった」
アカネの指先が、小さく震えた。
雪斗は笑う。
寂しい笑いだった。
「俺が隣にいたら」
「お前、もっと自分壊す気がして」
レンは目を伏せる。
まただと思った。
この街には。
“愛してるから離れる”人間が多すぎる。
でも。
多分それは。
本気で相手を大事に思ってしまった結果なのだ。
アカネはしばらく黙っていた。
やがて。
静かに口を開く。
「……ずるい」
レンは顔を上げる。
アカネの声は、少し震えていた。
「そんな理由」
「後から言われても困る」
雪斗は何も言えない。
アカネは続けた。
「私は」
少し言葉が詰まる。
まるで。
感情の出し方を忘れているみたいだった。
「私は、置いていかれた側なんだから」
その瞬間。
レンの胸が強く痛んだ。
アカネにも、ちゃんと傷があった。
でも彼女は。
ずっとそれを、自分の奥へ閉じ込めていた。
雪斗は静かに目を伏せる。
「……ごめん」
アカネは小さく笑った。
でも。
その笑いは、今にも壊れそうだった。
「ほんとに最低」
その時。
ぽたり、と音がした。
レンは息を呑む。
アカネの頬を、一筋の涙が流れていた。
アカネ自身も、驚いた顔をする。
指で触れる。
濡れている。
震える声。
「……あれ」
雪斗の目が揺れる。
アカネは戸惑ったように呟く。
「私」
涙が、次々零れていく。
止まらない。
「……泣ける」
その瞬間。
雪斗が、静かに息を呑んだ。
レンの胸も熱くなる。
アカネはずっと。
止まっていた。
感情を閉じ込めた夜から。
でも今。
やっと。
“自分自身の感情”が動き始めていた。
アカネは泣きながら笑う。
「最悪……」
雪斗も、小さく笑った。
目を赤くしながら。
「うん」
「めちゃくちゃ最悪」
でも。
その空気は、どこか少しだけ温かかった。
読んでいただきありがとうございます!
ついにアカネが、“涙”を取り戻しました。
次回、アカネは“自分の感情”と向き合う選択を始めます!




