第七十話 感情査定士の傷
“人を救う側”の人間ほど、自分の傷を放置し続けてしまう。
「久しぶり、アカネ」
男の声は静かだった。
でも。
その一言だけで、店の空気が変わる。
レンは、思わずアカネを見る。
いつも冷静な彼女が。
ほんの僅かに、息を止めていた。
アカネは静かに男を見つめる。
「……まだ生きてたんだ」
男は少し笑う。
「ひどい挨拶」
その笑い方は柔らかい。
でも。
どこか壊れていた。
レンは男を観察する。
異様に静かな気配。
感情が薄いわけじゃない。
むしろ逆だ。
“感情を押し殺し続けている人間”の空気だった。
男はレンへ視線を向ける。
「君が、今の助手?」
レンは眉をひそめる。
「助手じゃない」
男は小さく笑った。
「そっか」
その時。
アカネが低く言う。
「何しに来たの、雪斗」
レンは目を瞬かせる。
雪斗。
男――榊雪斗は、静かにカウンターへ近づいた。
そして。
黒い封筒へ触れる。
「依頼だよ」
アカネの目が冷える。
雪斗は続けた。
「君の感情を買いに来た」
店内が静まり返る。
レンは思わず口を開く。
「……意味わかんねぇ」
雪斗はレンを見る。
少しだけ笑った。
「この人、自分だけは売らないんだよ」
アカネの指先が、小さく止まる。
雪斗は静かに続けた。
「人には、“向き合え”って言うくせに」
「自分の痛みだけは、ずっと閉じ込めてる」
レンはアカネを見る。
アカネは何も言わない。
でも。
否定もしなかった。
雪斗は窓の外を見る。
雨の残る夜。
その横顔は、どこか疲れていた。
「昔、俺たち一緒だったんだ」
レンは眉をひそめる。
雪斗は苦笑する。
「感情査定士の見習い」
レンは息を呑む。
アカネの過去。
初めて聞く話だった。
雪斗は静かに続ける。
「でもアカネは、俺より才能あった」
「人の感情を見るのが上手かった」
少し間が空く。
「……だから壊れた」
アカネの目が揺れる。
ほんの僅かに。
雪斗はアカネを見る。
その視線には。
怒りも。
愛情も。
後悔も混ざっていた。
「お前、昔はもっと泣いてたのにな」
レンの胸がざわつく。
アカネは静かに言った。
「帰って」
雪斗は笑う。
寂しそうに。
「帰れないから来たんだよ」
その時。
レンは気づく。
この男。
まだアカネを見ている。
ずっと。
壊れたまま。
読んでいただきありがとうございます!
ついにアカネの過去と、“榊雪斗”が動き始めました。
次回、アカネが隠していた“感情を売ろうとした夜”が明かされます!




