第六十八話 空白の未来
人は、“失ったあと”にしか見えない未来を持っている。
海沿いの街を出る頃には。
空は、すっかり夜になっていた。
レンは一人、駅までの道を歩いていた。
潮風が少し冷たい。
遠くで波の音が聞こえる。
シロは蓮の部屋へ残った。
“これから”を話すために。
壊れた者同士。
前とは違う形で、生き直すために。
レンは小さく息を吐く。
胸が少し痛かった。
でも。
嫌な痛みじゃない。
むしろ。
置いていったままだった感情が、ちゃんと自分の中へ戻ってきている感じがした。
その時。
スマートフォンが震える。
メッセージ。
美月だった。
【まだ起きてる?】
レンは少し笑う。
タイミングが不思議だった。
まるで。
感情が大きく動いた夜ほど、美月から連絡が来る。
レンは歩きながら返信する。
【起きてる】
すぐ既読。
そして。
【今なにしてたの?】
レンは少し考える。
説明できる気がしなかった。
感情を失った二人と会っていた、なんて。
でも。
嘘もつきたくなかった。
レンはゆっくり打つ。
【昔の自分みたいな人たちと会ってた】
送信。
少し間が空く。
そして。
【そっか】
短い返事。
でも。
そのあと続けて。
【レン、最近ちょっと変わったね】
レンは足を止めた。
夜の海風が吹く。
変わった。
その言葉を、最近よく言われる。
アカネにも。
真奈にも。
そして今、美月にも。
レンはスマートフォンを見つめる。
変わったのだろうか。
少し前までの自分は。
失うことばかり怖がっていた。
愛されないこと。
一人になること。
空っぽになること。
だから。
縋って。
壊れて。
全部消した。
でも今は。
“失っても終わりじゃない”ことを、少しだけ知り始めている。
レンはゆっくり返信する。
【そうかも】
送信。
数秒後。
美月から返事。
【前より、ちゃんと笑ってる感じする】
その文章を見た瞬間。
レンの胸が、静かに揺れた。
美月は。
ずっと見ていたのだ。
壊れていた頃の自分を。
そして今。
少しずつ変わっていく自分を。
レンは夜空を見上げる。
星は見えない。
でも。
前より少しだけ、呼吸しやすかった。
その時。
ふいに、アカネの言葉を思い出す。
『前と同じには戻れない』
でも。
“新しく感じる”ことはできる。
レンは静かに歩き出す。
空白だった未来へ。
読んでいただきありがとうございます!
ここからレン自身の“その先”が動き始めます。
次回、アカネの過去へ繋がる“ある依頼人”が現れます!




