第六十七話 新しく、生きる
“元通り”じゃなくても、人は誰かと新しく生きていける。
蓮の涙は、静かだった。
音もなく。
ただ、ゆっくり頬を伝っていく。
本人が、一番驚いているみたいだった。
指先で涙へ触れる。
濡れている。
熱がある。
蓮は小さく呟いた。
「……なんで」
その声は、少し震えていた。
シロは泣きながら笑う。
「だから、好きだからだって」
蓮は何も言えない。
ただ。
胸の奥が、ずっと騒がしかった。
空っぽだった場所へ。
痛みと熱が、一気に流れ込んでくる。
苦しい。
でも。
その苦しさが、妙に生々しかった。
レンは静かに、その二人を見ていた。
感情を失った人間が。
もう一度、“誰かを感じる”。
それは多分。
奇跡みたいに難しいことだ。
その時。
シロがそっと、蓮の手へ触れた。
蓮の身体が小さく震える。
逃げなかった。
シロは小さく笑う。
「冷た」
蓮はぼんやり自分の手を見る。
そして。
少し不思議そうに呟いた。
「……あったかい」
その言葉だけで。
シロの目から、また涙が溢れた。
蓮は静かに言う。
「俺、多分」
少し間が空く。
「前みたいには戻れない」
シロは黙って頷く。
蓮は続けた。
「感情、まだ全然薄いし」
「笑い方もよくわかんない」
苦笑みたいな表情。
でも。
それは確かに、“感情”だった。
蓮はシロを見る。
「それでも、いいのか」
シロは、迷わなかった。
「いいよ」
即答だった。
シロは涙を拭いながら笑う。
「私も、もう前の私じゃないし」
「いっぱい感情売ったし」
「空っぽになったし」
少し泣きそうに笑う。
「だから、おあいこ」
その言葉で。
蓮の目が、ほんの少し柔らかくなった。
レンは静かに息を吐く。
“元通り”には戻れない。
でも。
壊れたままでも、人は誰かと生きていける。
その時。
窓の外で、雲の隙間から夕陽が差し込んだ。
海が、淡く光る。
シロが小さく呟く。
「……綺麗」
蓮は海を見る。
長い沈黙。
そして。
静かに言った。
「……うん」
その返事は、まだ少しぎこちなかった。
でも。
確かに、“何かを感じた声”だった。
レンは、その光景を静かに見つめる。
失ったものは戻らない。
でも。
終わりでもない。
人は。
壊れたあとにしか始められない人生を、ちゃんと持っている。
読んでいただきありがとうございます!
シロ編、大きな一区切りです。
次回、レンが“自分自身の未来”へ少しずつ向き合い始めます!




