第六十一話 感情をなくした男
本当に会いたい人には、“傷つくとわかっていても”会いに行ってしまう。
「……まだ、生きてる」
その言葉だけで。
雨宮シロの呼吸が、大きく乱れた。
涙が止まらない。
でも。
顔は、どこか必死だった。
「会いたい……」
震える声。
「会いたい……っ」
レンは胸が痛くなる。
その感情を、自分も知っていた。
失ったと思っていた人が、まだどこかで生きている。
それだけで。
世界は簡単に揺れてしまう。
アカネは静かにシロを見る。
そして。
少しだけ厳しい声で言った。
「会えば、傷つくわよ」
シロの肩が震える。
アカネは続けた。
「今の蓮は、多分あなたが知ってる蓮じゃない」
レンは目を伏せる。
感情喪失症候群。
感情を売り続けた末に。
“人間らしさ”そのものが削れていく病。
シロは涙を拭いながら、小さく首を横に振った。
「それでも……」
掠れた声。
「会いたい」
その瞬間。
レンは、昔の自分を思い出していた。
美月と再会した夜。
苦しくても。
壊れそうでも。
それでも、“会わない”を選べなかった。
多分。
本当に大切だった人には、そうなる。
アカネはしばらく黙っていた。
やがて。
静かに立ち上がる。
店の奥へ消える。
そして数分後。
一枚の紙を持って戻ってきた。
住所。
レンはそれを見て、少し眉をひそめる。
透明都市の外れ。
海沿いの古い地区だった。
アカネは静かに言う。
「今、そこにいる」
シロの指先が震える。
紙を受け取る。
まるで。
触れるだけで壊れそうな宝物みたいに。
その時。
アカネが低く言った。
「ただし」
シロが顔を上げる。
アカネの目は静かだった。
でも。
どこか悲しかった。
「期待しない方がいい」
店内が静まり返る。
アカネは続けた。
「蓮、かなり進行してる」
「感情の反応も、ほとんど薄い」
レンの胸が冷える。
シロも、息を呑んだ。
アカネは静かに言う。
「あなたのこと、わからない可能性もある」
その言葉で。
シロの顔が、少しだけ崩れた。
でも。
それでも。
シロは小さく頷く。
「……それでもいい」
涙を拭う。
「ちゃんと、会いたい」
その声には。
もう、“感情のない空虚さ”はなかった。
苦しくて。
怖くて。
でも。
ちゃんと誰かを求めている声だった。
その時。
レンが立ち上がる。
シロが顔を向ける。
レンは少しだけ苦笑した。
「一人で行くな」
シロが目を瞬かせる。
レンは視線を逸らしながら言った。
「今のお前、多分途中で壊れる」
シロは何も言えなかった。
ただ。
少しだけ泣きそうな顔で、小さく頷いた
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次回、ついに朝比奈蓮と対面します。
“感情を失った男”は、シロを覚えているのか――。




