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透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


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第五十五話 空っぽの共鳴

“逃げた選択”にも、救いと後悔の両方が残り続ける。

 「中途半端に残ってるから、苦しい」


 


 


 雨宮シロの声は静かだった。


 


 


 でも。


 


 


 その言葉だけは、レンの胸へ深く刺さった。


 


 


 中途半端に残る感情。


 


 


 消えきらない愛。


 


 


 理由もわからない喪失感。


 


 


 それはまるで、少し前までの自分だった。


 


 


 レンは静かにシロを見る。


 


 


 白い肌。


 


 


 感情の薄い目。


 


 


 今にも消えてしまいそうな存在感。


 


 


 でも。


 


 


 完全に壊れてはいない。


 


 


 だからこそ、危うかった。


 


 


 レンはゆっくり口を開く。


 


 


 「……全部消えたら」


 


 


 シロが顔を上げる。


 


 


 レンは少し迷いながら続けた。


 


 


 「本当に楽になると思うか?」


 


 


 シロはすぐには答えなかった。


 


 


 静かな雨音。


 


 


 カップから立つ湯気。


 


 


 その中で。


 


 


 シロはぽつりと呟く。


 


 


 「わかんないです」


 


 


 少し笑う。


 


 


 「でも、今よりマシかもしれない」


 


 


 レンは目を伏せる。


 


 


 その感覚、わかってしまった。


 


 


 自分も昔、そう思ったから。


 


 


 “今よりマシなら”。


 


 


 その一心で、記憶を売った。


 


 


 でも。


 


 


 結果、自分は空っぽになった。


 


 


 レンは静かに言う。


 


 


 「俺も、記憶売った」


 


 


 シロの目が少しだけ動く。


 


 


 レンは続けた。


 


 


 「好きだった人のこと」


 


 


 「苦しくて」


 


 


 「耐えられなくて」


 


 


 シロは黙って聞いている。


 


 


 レンは苦笑した。


 


 


 「消した直後は、楽になった気がした」


 


 


 「でも」


 


 


 窓の外を見る。


 


 


 雨が静かに流れていた。


 


 


 「なんか、自分まで薄くなった」


 


 


 シロの指先が、小さく止まる。


 


 


 レンは静かに続ける。


 


 


 「笑っても、どっか空っぽで」


 


 


 「景色見ても、ちゃんと綺麗って思えなくて」


 


 


 「生きてる感じが、少し減った」


 


 


 シロは何も言わない。


 


 


 でも。


 


 


 その目だけが、少し揺れていた。


 


 


 レンはふと気づく。


 


 


 この子。


 


 


 誰かに、“同じ痛み”を話されたことがないのかもしれない。


 


 


 “感情を消した人間”は。


 


 


 多分、普通の人には理解されにくい。


 


 


 だから。


 


 


 余計に孤独になる。


 


 


 その時。


 


 


 シロがぽつりと聞いた。


 


 


 「……後悔してますか」


 


 


 レンは少し黙る。


 


 


 難しい質問だった。


 


 


 もし売っていなかったら。


 


 


 あの時の自分は、本当に壊れていたかもしれない。


 


 


 でも。


 


 


 失ったものも大きかった。


 


 


 レンは静かに答える。


 


 


 「半分くらい」


 


 


 シロが少しだけ目を瞬かせる。


 


 


 レンは苦笑する。


 


 


 「売ったから、今ここにいる気もする」


 


 


 「でも」


 


 


 胸の奥が、少し痛む。


 


 


 「売らなかった自分も、見てみたかった」


 


 


 シロは静かにレンを見ていた。


 


 


 その目に。


 


 


 ほんの少しだけ。


 


 


 感情の色が戻った気がした。

読んでいただきありがとうございます!


今回はレンとシロ、“感情を売った者同士”の共鳴回でした。

次回、シロの中に小さな変化が生まれ始めます!

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