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透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


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第五話 愛を集める女

愛は、人を救わない。

時々、人を最も美しく壊してしまう。

店を出る頃には、外は雨になっていた。


 


 レンは傘も差さず、月見坂を歩いていた。


 


 頭の中が、うまくまとまらない。


 


 藤堂アカネ。


 


 その名前だけが、何度も胸の奥で引っかかる。


 


 知らない女。


 


 それなのに、自分の人生を奪っていった気がした。


 


 


 スマートフォンが震える。


 


 非通知。


 


 レンは少し迷ってから、通話を取った。


 


 


 「真壁レンさん?」


 


 


 女の声だった。


 


 落ち着いた声。


 綺麗なのに、妙に温度がない。


 


 


 「……誰だ」


 


 


 電話の向こうで、小さく笑う気配がした。


 


 


 「はじめまして。藤堂アカネです」


 


 


 レンの足が止まった。


 


 


 雨音だけが、静かに響いている。


 


 


 「どうして、俺の番号を」


 


 


 「あなたの記憶を買ったから」


 


 


 あまりにも自然に言われて、レンは返事ができなかった。


 


 


 まるでスーパーで買い物でもしたみたいな口調だった。


 


 


 「……ふざけるな」


 


 


 レンの声が低くなる。


 


 


 「人の人生を、なんだと思ってる」


 


 


 アカネは少し黙った。


 


 


 その沈黙だけで、不思議とわかった。


 


 この女は、責められることに慣れている。


 


 


 「あなた、自分で売ったんでしょう?」


 


 


 レンは言葉を失う。


 


 


 正しい。


 


 正しいのに、どうしようもなく腹が立った。


 


 


 「返せ」


 


 


 レンは吐き出すように言った。


 


 


 「俺の記憶を返せよ」


 


 


 電話の向こうで、雨みたいな静かな笑い声がした。


 


 


 「嫌」


 


 


 その一言に、レンの感情が揺れる。


 


 


 「どうして」


 


 


 「綺麗だったから」


 


 


 レンは眉をひそめた。


 


 


 「……何が」


 


 


 アカネは少しだけ嬉しそうに言った。


 


 


 「あなたの愛が」


 


 


 雨音が遠くなる。


 


 


 レンの呼吸だけが、やけに大きく聞こえた。


 


 


 「あなた、本当にその人を愛してた」


 


 


 アカネの声は穏やかだった。


 


 優しいわけじゃない。


 


 ただ、“愛”というものを観察している声だった。


 


 


 「だから高かったの」


 


 


 レンの奥歯が軋む。


 


 


 「……そんな理由で」


 


 


 「人間ってね」


 


 アカネは静かに言った。


 


 「本当に愛してる時が、一番綺麗なの」


 


 


 レンは理解できなかった。


 


 


 この女は壊れている。


 


 でも同時に、どこか悲しそうだった。


 


 


 「会いたい?」


 


 


 突然、アカネが言った。


 


 


 「……何を」


 


 


 「あなたが愛してた人」


 


 


 レンの心臓が止まりそうになる。


 


 


 「知ってるのか」


 


 


 「もちろん」


 


 


 アカネは小さく笑った。


 


 


 「だって今、その人の記憶は私のものだもの」


 


 


 レンは唇を噛んだ。


 


 


 怒り。


 嫌悪。


 焦燥。


 


 いろんな感情が渦巻いている。


 


 なのに、その奥に。


 


 


 会いたい。


 


 


 その感情だけが、消えなかった。


 


 


 「……会わせろ」


 


 


 しばらく沈黙が続く。


 


 


 そしてアカネは、静かに言った。


 


 


 「じゃあ、取引しましょう」

読んでいただきありがとうございます!


ついに藤堂アカネ本人が登場しました。

彼女は敵なのか、それとも――。


次回、“取引”の内容が明かされます!

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