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透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


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第四話 藤堂アカネ

人は、忘れたいから記憶を売る。

けれど時々、“忘れた理由”そのものを忘れてしまう。

「その人に会わせてくれ」


 


 レンは言った。


 懇願ではなかった。


 ほとんど執着に近い声だった。


 


 黒いコートの男は、しばらく黙っていた。


 


 店内の結晶が、静かに光っている。


 


 まるで誰かの感情が、まだ生きているみたいだった。


 


 「おすすめはしません」


 


 男が言う。


 


 「記憶を売った人間は、“失った理由”まで忘れることがあります」


 


 「……どういう意味だ」


 


 「あなたは、その女性を忘れたかった」


 


 レンは眉をひそめた。


 


 「俺が?」


 


 「はい」


 


 男の声には、妙な確信があった。


 


 「あなたは非常に強い拒絶反応を示していました。“二度と思い出したくない”と」


 


 


 レンの胸がざわつく。


 


 そんなはずがない。


 


 あの声を聞いただけで、胸が痛くなる。


 涙が出そうになる。


 


 そんな相手を、本当に忘れたかったのか。


 


 


 「嘘だ」


 


 レンは呟いた。


 


 「俺が、本当に愛してたなら……忘れたいなんて思うわけない」


 


 


 男は静かにレンを見た。


 


 その目には、どこか哀れむような色があった。


 


 「愛していたからですよ」


 


 


 レンは言葉を失った。


 


 


 愛していたから、忘れたかった。


 


 その感情だけが、鉛みたいに胸へ沈んでいく。


 


 


 男はカウンターの奥から、一枚の紙を取り出した。


 


 白い紙。


 そこには、名前だけが書かれている。


 


 


 【藤堂アカネ】


 


 


 その文字を見た瞬間。


 


 レンの呼吸が止まりかけた。


 


 


 知らない名前だった。


 


 なのに。


 


 嫌な汗が背中を流れる。


 


 心臓だけが、異常なくらい脈打っている。


 


 


 「……誰だ」


 


 


 男は答える。


 


 


 「あなたの記憶を購入した人物です」


 


 


 レンは紙を握りしめた。


 


 


 「なんで、そんなものを買う」


 


 


 男は少し考えるように目を細めた。


 


 


 「藤堂アカネは、“愛情の記憶”を専門に収集しています」


 


 


 「……収集?」


 


 


 「ええ。幸福な恋愛。報われなかった恋。執着。依存。純愛。絶望」


 


 男は淡々と続ける。


 


 「他人の愛を、集めているんです」


 


 


 レンは理解できなかった。


 


 


 愛を集める?


 


 そんなことをして、何になる。


 


 


 「趣味か?」


 


 


 「さあ」


 


 男は静かに笑った。


 


 「ですが彼女は、“愛された記憶”に異常な執着を持っています」


 


 


 その瞬間。


 


 レンの脳裏に、知らない光景が走った。


 


 


 暗い部屋。


 


 泣いている女。


 


 誰かの声。


 


 『どうして、私じゃ駄目なの』


 


 


 頭痛が走る。


 


 レンは額を押さえた。


 


 


 「……っ」


 


 


 断片だけが流れ込んでくる。


 


 でも、顔が見えない。


 


 名前もわからない。


 


 


 なのに苦しい。


 


 


 失った感情だけが、体の奥で暴れている。


 


 


 男はそんなレンを静かに見つめていた。


 


 


 「会いますか」


 


 


 レンはゆっくり顔を上げた。


 


 


 「……会わせてくれ」


 


 


 男は小さく息を吐いた。


 


 


 「後悔しますよ」


 


 


 レンは笑った。


 


 


 乾いた、空っぽの笑いだった。


 


 


 「もうしてる」



読んでいただきありがとうございます!


ついに“藤堂アカネ”の名前が出ました。

ここから物語は、喪失から“執着”へ変わっていきます!

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