第四十三話 喪失のあとで
人は、“失ったあと”にしか理解できない感情を抱えながら、生きていく。
「もう一度だけ、好きだったよ」
その言葉が、何度も胸の中で響いていた。
レンは駅前に立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。
夜風が冷たい。
人が通り過ぎていく。
電車の音。
信号機。
世界は変わらず動いている。
なのに。
胸の奥だけが、静かに壊れていた。
苦しい。
でも。
不思議と、前みたいな絶望ではなかった。
あの頃は。
美月を失った瞬間、自分の世界ごと終わった気がしていた。
だから記憶を売った。
逃げた。
でも今は。
苦しいまま、立っていられる。
レンはゆっくり空を見上げた。
雨上がりの夜空。
街の光で、星は見えない。
その時。
スマートフォンが震えた。
メッセージ。
藤堂アカネだった。
【どうだった?】
短い文章。
レンは少し笑う。
全部知っていそうなくせに。
でも。
その雑な聞き方が、妙に救いだった。
レンはしばらく考えてから返す。
【苦しかった】
送信。
数秒後。
既読。
そして。
【でも?】
レンは夜空を見る。
胸は痛い。
でも。
ちゃんと生きている感じがした。
レンはゆっくり文字を打つ。
【会えてよかった】
送信。
その瞬間。
胸の奥で、何かが少しだけほどけた気がした。
アカネから返信。
【そっか】
続けて。
【それ、多分“愛”だよ】
レンは思わず苦笑する。
愛。
そんな綺麗なものじゃないと思っていた。
依存して。
苦しくなって。
壊れて。
忘れたくなるくらい痛いもの。
でも。
それでも。
会えてよかったと思えるなら。
確かに。
あれは愛だったのかもしれない。
レンはゆっくり歩き出す。
駅前の雑踏。
コンビニの光。
昔、美月と歩いた街。
でも。
もう同じ景色じゃない。
それでよかった。
全部戻る必要なんてない。
失ったものは失ったまま。
それでも、人は生きていける。
その時。
通りすがりのカップルが笑いながらすれ違った。
レンは、その姿をぼんやり見つめる。
胸が少し痛む。
でも。
もう、“消したい”とは思わなかった。
レンはスマートフォンを開く。
美月とのメッセージ画面。
一番下。
【好きだったよ】
その文章を見つめながら。
レンは静かに微笑んだ。
読んでいただきありがとうございます!
レンの中で、“喪失”が少しだけ形を変え始めました。
次回、新しい依頼人が月見坂へ現れます!




