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透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


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第四十二話 もう一度だけ

本当に終わる恋は、“嫌い”じゃなく、“好きだった”で終わることがある。

 「帰らなきゃ」


 


 


 美月のその言葉で。


 


 


 レンは、静かに現実へ引き戻された。


 


 


 バー《海月》の青い光。


 


 


 静かな音楽。


 


 


 懐かしい声。


 


 


 全部が、一瞬だけ過去へ戻れたような気がしていた。


 


 


 でも。


 


 


 違う。


 


 


 美月には、もう帰る場所がある。


 


 


 そして。


 


 


 そこに自分はいない。


 


 


 レンはゆっくり立ち上がった。


 


 


 「送る」


 


 


 気づけば、そう言っていた。


 


 


 美月は少し驚いた顔をする。


 


 


 それから。


 


 


 小さく笑った。


 


 


 「ほんと変わんないね」


 


 


 その言葉が、妙に嬉しかった。


 


 


 二人は店を出る。


 


 


 夜の空気は冷たかった。


 


 


 雨はもう止んでいる。


 


 


 濡れた道路へ、ネオンが滲んでいた。


 


 


 並んで歩く。


 


 


 でも。


 


 


 手は繋がない。


 


 


 昔なら、多分、自然に繋いでいた。


 


 


 その距離が。


 


 


 やけに苦しかった。


 


 


 美月が小さく笑う。


 


 


 「レン、覚えてる?」


 


 


 「……何を」


 


 


 「この辺、昔よく歩いた」


 


 


 レンは周囲を見る。


 


 


 見覚えはない。


 


 


 でも。


 


 


 “懐かしい感覚”だけはある。


 


 


 その時。


 


 


 頭の奥に、断片が流れ込む。


 


 


 夜道。


 


 


 笑う美月。


 


 


 『寒っ』


 


 


 『ほら、手』


 


 


 繋いだ温度。


 


 


 レンは思わず立ち止まった。


 


 


 胸が苦しい。


 


 


 美月が振り返る。


 


 


 「……大丈夫?」


 


 


 レンはゆっくり頷いた。


 


 


 でも。


 


 


 大丈夫じゃなかった。


 


 


 記憶が戻るたび。


 


 


 “失ったもの”の大きさが、はっきりしていく。


 


 


 その時。


 


 


 美月がぽつりと言った。


 


 


 「ねえレン」


 


 


 「……ん?」


 


 


 美月は少し迷うように視線を逸らした。


 


 


 そして。


 


 


 小さく笑う。


 


 


 「最後に、一個だけお願いしていい?」


 


 


 レンは黙って頷く。


 


 


 美月はゆっくり言った。


 


 


 「ちゃんと幸せになって」


 


 


 レンの呼吸が止まる。


 


 


 美月は続ける。


 


 


 「もう、自分のこと嫌いにならないで」


 


 


 その言葉が。


 


 


 胸の一番深い場所へ刺さる。


 


 


 レンは気づいてしまう。


 


 


 美月は最後まで。


 


 


 ずっと、自分の幸せを願っていた。


 


 


 別れたあとも。


 


 


 忘れられたあとも。


 


 


 ずっと。


 


 


 レンは掠れた声で言った。


 


 


 「……美月は」


 


 


 喉が詰まる。


 


 


 「幸せなのか」


 


 


 美月は少し黙った。


 


 


 街の光が、彼女の横顔を照らしている。


 


 


 やがて。


 


 


 小さく笑った。


 


 


 「なろうとしてる途中」


 


 


 その答えが。


 


 


 どうしようもなく、美月らしかった。


 


 


 そして。


 


 


 駅前へ着く。


 


 


 美月は立ち止まり、レンを見る。


 


 


 その目が、少しだけ揺れていた。


 


 


 「……じゃあね」


 


 


 レンは頷く。


 


 


 本当は。


 


 


 まだ話したかった。


 


 


 まだ隣にいたかった。


 


 


 でも。


 


 


 引き止めなかった。


 


 


 今度は。


 


 


 ちゃんと、愛したかったから。


 


 


 美月は背を向ける。


 


 


 歩き出す。


 


 


 レンは、その背中を静かに見つめていた。


 


 


 すると。


 


 


 数歩進んだあと。


 


 


 美月がふいに振り返る。


 


 


 そして。


 


 


 泣きそうに笑いながら言った。


 


 


 「レン」


 


 


 レンは顔を上げる。


 


 


 美月は、小さく息を吸った。


 


 


 「もう一度だけ、好きだったよ」


 


 


 その瞬間。


 


 


 レンの世界から、音が消えた。

読んでいただきありがとうございます!


レンと美月、二人の大きな再会編が一区切りとなりました。

次回、“愛を失ったあと”のレンが描かれていきます!

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