第三十九話 君が救いだった
人は時々、“愛していた”という事実より、“救われていた”ことに後から気づく。
「私、あの頃のレン、嫌いじゃなかったよ」
その言葉が、レンの胸へ静かに沈んでいく。
嬉しかった。
でも同時に。
苦しかった。
もし嫌われて終わった恋なら、もっと楽だったのかもしれない。
でも。
美月は今でも、自分を嫌いになれていない。
それが余計に、終われなかった。
バー《海月》には、静かなジャズが流れている。
店内の青い照明が、美月の横顔を淡く照らしていた。
レンは低く聞く。
「……俺さ」
少し言葉に詰まる。
「そんなに危なかったのか」
美月はすぐには答えなかった。
グラスを見つめる。
氷が静かに溶けていく。
やがて。
美月は小さく言った。
「うん」
レンは目を伏せる。
やっぱり、と思った。
美月は静かに続ける。
「レン、自分で思ってるより、ずっと脆かった」
その言葉に、反論はできなかった。
多分、自分はずっと空っぽだった。
仕事。
将来。
自信。
何も持っていなかった。
だから。
美月だけが、救いだった。
その時。
記憶が流れ込んでくる。
夜。
仕事帰り。
レンはコンビニ前で座り込んでいる。
『もう無理かも』
掠れた声。
美月が隣へしゃがみ込む。
『大丈夫だよ』
優しく背中を撫でる手。
『レン、頑張ってるじゃん』
その瞬間。
レンは泣きそうになっていた。
認めてほしかった。
大丈夫だと言ってほしかった。
多分。
自分はずっと、美月に救われていた。
レンは掠れた声で言う。
「……俺、美月に甘えてたんだな」
美月は少しだけ笑った。
「いっぱいね」
その笑い方が優しかった。
だから余計に苦しい。
美月は続ける。
「でも、レンだけが悪かったわけじゃないよ」
レンは顔を上げる。
美月は遠くを見るみたいに呟く。
「私、“必要とされる”の嫌いじゃなかったから」
レンは言葉を失う。
美月は少し寂しそうに笑う。
「レンが私いないと駄目そうだと、離れられなくなってた」
依存。
それは多分、片方だけの問題じゃなかった。
支える側も。
支えられる側も。
少しずつ、その形に慣れてしまう。
その時。
美月が静かに聞いた。
「ねえレン」
「……ん?」
少し沈黙。
そして。
「もし、記憶消してなかったら」
美月はレンを見る。
その目が、少しだけ震えていた。
「今でも、私のこと好きだった?」
レンの呼吸が止まる。
読んでいただきありがとうございます!
今回は二人の“共依存”に近い関係性へ踏み込みました。
次回、レンが本当の気持ちを言葉にします!




