第三十六話 再会の前夜
再会の前夜、人は時々、“期待”と“後悔”の間で眠れなくなる。
「……会ってみる?」
藤堂アカネの言葉が、静かに店内へ落ちる。
レンは答えられなかった。
会いたい。
その気持ちは、もう隠せないくらい大きくなっていた。
でも。
怖かった。
もし会って。
美月が本当に幸せそうだったら。
もし。
自分だけが、まだ終われていなかったら。
レンは金色の結晶を見つめる。
淡く光っている。
まるで。
“まだ消えていない感情”そのものみたいに。
アカネは静かに言った。
「あなたたち、多分まだ終わってない」
レンは眉をひそめる。
「……でも、美月は結婚してる」
アカネは頷く。
「そうね」
その返事は淡々としていた。
でも。
少しだけ悲しそうだった。
「人ってね」
アカネは窓の外を見ながら呟く。
「“正しい選択”をしても、感情までは整理できないの」
レンは黙る。
その言葉は、痛いほどわかった。
自分だってそうだった。
忘れたはずなのに。
もう終わったはずなのに。
今でも、美月を求めている。
その時。
アカネが静かに一枚のカードを差し出した。
白い紙。
そこには、店の名前と住所。
【海月】
レンは顔を上げる。
「……何だこれ」
「美月さんが時々行くバー」
レンの呼吸が浅くなる。
アカネは続ける。
「明日の夜、来ると思う」
レンはカードを見つめた。
会える。
本当に。
でも。
胸が苦しかった。
その時。
アカネがぽつりと言う。
「もし会うなら」
レンは顔を上げる。
アカネは静かにレンを見る。
「“取り戻そう”としない方がいい」
レンは何も言えなかった。
アカネは続ける。
「人って、失った恋を美化するから」
「再会すると、“あの頃”に戻れる気がしちゃう」
その声は、妙に現実的だった。
まるで。
自分も経験したことがあるみたいに。
レンは低く聞く。
「……お前も、そうだったのか」
アカネは少しだけ笑った。
「さあ」
でも。
その笑顔は、どこか寂しかった。
店を出る。
夜風が冷たい。
レンはカードを握りしめたまま、月見坂を歩く。
会いたい。
怖い。
苦しい。
でも。
今さら、会わないなんて選べなかった。
その夜。
レンはほとんど眠れなかった。
目を閉じるたび。
美月の声が聞こえる。
『レン』
笑っていた声。
泣いていた声。
『私、本当に好きだったよ』
胸が痛い。
それでも。
明日になれば、会える。
知らないはずの恋人に。
読んでいただきありがとうございます!
ついに再会直前まで来ました。
次回、レンと美月が“記憶を失ったあと”初めて向き合います!




