第三十五話 愛を観測する女
人は時々、“もう終わった恋”だと理解したあとで、本当の愛に気づいてしまう。
通話が終わったあとも。
レンはしばらく、スマートフォンを握ったまま動けなかった。
『会ったら、多分また戻りたくなる』
美月の言葉が、何度も頭の中で響いている。
戻りたい。
その感情が、自分の中にも確かにあった。
でも。
戻れない。
彼女はもう別の人生を生きている。
その現実だけが、静かに胸を締めつけた。
レンはゆっくり立ち上がる。
部屋を出る。
気づけば、足は月見坂へ向かっていた。
夜風が冷たい。
透明都市のネオンが、濡れた道路へ反射している。
黒い店。
【記憶・感情・後悔 査定いたします】
レンは迷わず扉を開けた。
鈴の音。
静かな店内。
カウンターの奥には、藤堂アカネがいた。
まるで来ることを知っていたみたいに。
「こんばんは、真壁レンさん」
レンは低く言う。
「……全部知ってたんだな」
アカネは静かに微笑む。
「だいたいは」
レンは奥歯を噛む。
「美月が、まだ俺を忘れてないことも」
アカネは答えなかった。
その沈黙だけで十分だった。
レンは苛立ったように聞く。
「お前、何が楽しいんだ」
「人の恋を眺めて」
「壊れるところ見て」
「そんなのが」
アカネは静かにレンを見る。
その目は、どこか疲れていた。
「楽しくはないわ」
レンは少し黙る。
アカネはカウンターへ指先を滑らせながら、小さく言った。
「でも、安心するの」
「……何に」
アカネはゆっくり顔を上げる。
「誰かが、本気で誰かを愛してたって事実に」
その言葉は、妙に静かだった。
レンは眉をひそめる。
アカネは続ける。
「この街、人間がどんどん空っぽになってるから」
窓の外を見つめる。
透明都市。
感情を売る街。
苦しみを手放す街。
でも同時に。
人間らしさまで削れていく街。
アカネはぽつりと呟く。
「だから時々、確認したくなるの」
「まだ、人間が壊れるほど愛せるのかって」
レンは何も言えなかった。
その時。
店の奥で、淡い光が揺れる。
金色の結晶。
自分の愛。
レンは、それを見つめた。
苦しかった。
でも。
前みたいに、“消したい”とは思わなかった。
その時。
アカネが静かに聞いた。
「……まだ、美月さんを愛してる?」
レンは答えられなかった。
愛している。
でも。
それを口にしてしまった瞬間、また壊れてしまう気がした。
アカネは小さく笑う。
「顔、もう答え出てる」
レンは苦笑した。
否定できなかった。
その時。
アカネがふいに言う。
「会ってみる?」
レンは顔を上げる。
アカネは静かに微笑んでいた。
「美月さんに」
読んでいただきありがとうございます!
レンとアカネ、そして美月。
三人の感情が、再び大きく動き始めました!




