第三十二話 別れたあとも
別れたあとも、人は時々、相手の好きだった景色を思い出してしまう。
『私も、わかんない』
美月の声は、静かだった。
でも。
その静けさの奥に、何かが沈んでいる気がした。
レンはスマートフォンを耳に当てたまま、窓の外を見つめる。
透明都市の夜景。
無数の光。
そのどれもが、妙に遠かった。
「……俺たち」
レンは低く聞く。
「なんで別れたんだ」
通話の向こうで、美月が少し黙る。
その沈黙だけで、胸がざわつく。
やがて。
美月は小さく息を吐いた。
『いっぱい理由はあったよ』
その言い方が、大人だった。
責めるでもなく。
怒るでもなく。
ただ、“終わった恋”を振り返る人間の声だった。
『お金のこと』
『将来のこと』
『仕事のこと』
美月は静かに続ける。
『でも一番は、多分』
少しだけ間が空く。
『レンが、私を失うのを怖がりすぎてた』
レンは何も言えなかった。
覚えていない。
でも。
なぜか、その言葉は妙に納得できた。
胸の奥が痛む。
美月は続ける。
『最初は嬉しかったんだよ』
レンは目を閉じる。
『あんなに真っ直ぐ好きって言ってくれる人、初めてだったから』
笑う声。
でも。
少しだけ悲しそうだった。
『でもだんだん、“私がいないと駄目”になっていった』
レンの呼吸が浅くなる。
『レン、自分では隠してたけど』
『すごく不安そうだった』
頭の奥で、記憶が揺れる。
夜。
美月が帰るだけで、不安になっていた自分。
返信が遅いだけで、落ち着かなくなっていた自分。
『今誰といるの?』
『何してるの?』
『帰ってくる?』
その全部が、“愛”だと思っていた。
でも。
違ったのかもしれない。
レンは掠れた声で聞いた。
「……嫌だったか」
通話の向こうで、美月が少し黙る。
そして。
静かに答えた。
『苦しかった』
レンは目を閉じた。
その一言が、胸へ深く刺さる。
でも。
美月は続けた。
『でもね』
声が少しだけ震えていた。
『嫌いになったわけじゃなかった』
レンの呼吸が止まる。
『今でも、時々思い出すよ』
窓の外で、光が滲む。
『コンビニ帰りとか』
『海とか』
『冬の匂いとか』
美月は小さく笑った。
『ああ、レン好きそうだなって思ったりする』
その笑い声が、ひどく懐かしかった。
レンの胸が、静かに痛む。
終わった。
もう戻れない。
でも。
感情だけは、まだどこかに残っている。
その時。
美月がぽつりと聞いた。
『ねえレン』
「……ん?」
少し沈黙。
そして。
『今、幸せ?』
レンは答えられなかった。
読んでいただきありがとうございます!
今回は“別れたあとも残る感情”を描きました。
次回、レンが“今の自分”と向き合い始めます!




