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透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


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第二十九話 忘れられた側

恋が終わる時、傷つくのは“忘れられない側”だけじゃない。

【はじめまして、真壁レンくん】


 


 


 その文章を見た瞬間。


 


 


 レンの胸が、強く締めつけられた。


 


 


 はじめまして。


 


 


 本当は、そんな関係じゃない。


 


 


 そんな気がする。


 


 


 でも。


 


 


 思い出せない。


 


 


 頭の奥に霧がかかっているみたいだった。


 


 


 レンはスマートフォンを握りしめたまま、しばらく動けなかった。


 


 


 会社の休憩室。


 


 


 周囲では誰かが笑っている。


 


 


 コピー機の音。


 


 コーヒーの匂い。


 


 


 世界は普通に動いている。


 


 


 なのに。


 


 


 自分だけが、どこか別の場所へ落ちていくみたいだった。


 


 


 その時。


 


 


 またメッセージが届く。


 


 


 【ごめん、変なこと言った】


 


 


 レンはすぐに返信できなかった。


 


 


 美月の言葉が、どれも痛かった。


 


 


 優しいのに。


 


 


 苦しい。


 


 


 まるで。


 


 


 “自分だけが忘れている”みたいで。


 


 


 いや。


 


 


 実際、そうなのだろう。


 


 


 レンはゆっくり文字を打つ。


 


 


 【俺たち、知り合いだったんですか?】


 


 


 送信。


 


 


 数秒後。


 


 


 既読。


 


 


 返信は、すぐには来なかった。


 


 


 その沈黙が怖い。


 


 


 やがて。


 


 


 美月から短い文章が届く。


 


 


 【うん】


 


 


 それだけ。


 


 


 なのに。


 


 


 レンの胸が痛む。


 


 


 続けて。


 


 


 【すごく仲良かったよ】


 


 


 レンは目を閉じた。


 


 


 仲良かった。


 


 


 その言葉だけで、涙が出そうになる。


 


 


 その時。


 


 


 頭の奥に、断片が流れ込んできた。


 


 


 笑い声。


 


 


 海。


 


 


 『レン、写真撮って!』


 


 


 白いワンピース。


 


 


 風。


 


 


 眩しい笑顔。


 


 


 でも。


 


 


 顔だけが、見えない。


 


 


 レンは額を押さえる。


 


 


 「……っ」


 


 


 苦しい。


 


 


 どうして思い出せない。


 


 


 その時。


 


 


 美月から、また通知が届く。


 


 


 【もしかして】


 


 


 少し間が空く。


 


 


 【記憶、売った?】


 


 


 レンの呼吸が止まった。


 


 


 画面を見つめる。


 


 


 指先が冷える。


 


 


 どうして、それを。


 


 


 いや。


 


 


 知っていてもおかしくない。


 


 


 この街では。


 


 


 “恋愛記憶売却”なんて、珍しくないのだから。


 


 


 でも。


 


 


 美月の言葉は、妙に現実感があった。


 


 


 まるで。


 


 


 “本当に自分を知っている人間”の言葉みたいだった。


 


 


 レンは少し迷ってから、返した。


 


 


 【……多分】


 


 


 既読。


 


 


 そのあと、しばらく返信が止まる。


 


 


 レンは胸がざわついた。


 


 


 やがて。


 


 


 新しいメッセージ。


 


 


 【そっか】


 


 


 その短い言葉のあと。


 


 


 さらに続く。


 


 


 【ちゃんと忘れられたんだね】


 


 


 レンの胸に、鋭い痛みが走った。


 


 


 その文章は。


 


 


 まるで。


 


 


 “忘れられた側”が、自分を納得させるために書いた言葉みたいだった。


 


 


 レンは、スマートフォンを強く握りしめる。


 


 


 そして初めて。


 


 


 思った。


 


 


 自分だけじゃない。


 


 


 忘れられた側も、傷ついている。

読んでいただきありがとうございます!


今回は“忘れられた側”の痛みが少し見えてきました。

次回、美月視点へ入っていきます!

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