第二十七話 知らないはずの恋人
人は、“忘れた相手”に再び出会った時、理由もなく心が反応してしまう。
【mizuki_27】
その文字が、頭から離れなかった。
レンは会社へ向かう電車の中でも、何度もスマートフォンを開いていた。
知らないアカウント。
知らない女。
なのに。
見るたび胸が苦しくなる。
プロフィール画像の笑顔が、妙に刺さった。
どこか懐かしい。
でも、思い出せない。
レンは苛立ったようにスマートフォンを閉じた。
その時。
窓ガラスへ、自分の顔が映る。
ひどい顔だった。
寝不足。
充血した目。
まるで、何かを失った人間みたいだった。
――いや。
実際、失っている。
問題は。
“何を”失ったのかわからないことだった。
会社へ着く。
同僚の坂井が、レンを見るなり眉をひそめた。
「うわ、真壁さん顔やば」
レンは苦笑する。
「そんなにか」
「失恋した人みたいですよ」
その言葉に。
レンの胸が、妙にざわついた。
失恋。
なぜか、その言葉だけが引っかかる。
坂井は缶コーヒーを渡しながら言った。
「昨日も言いましたけど、やっぱ記憶売ったんじゃないですか?」
レンは黙る。
坂井は半分冗談みたいに続けた。
「最近多いらしいですよ。“恋愛記憶売却”」
その瞬間。
胸の奥が強く痛んだ。
レンは思わず顔をしかめる。
「……っ」
坂井が驚く。
「え、マジで大丈夫ですか?」
レンは無理やり笑った。
「ちょっと頭痛いだけだ」
でも違った。
頭じゃない。
胸だった。
心臓の奥が、締めつけられるみたいに苦しい。
その日の仕事は、ほとんど頭に入らなかった。
気づけば。
レンは何度も【mizuki_27】のアカウントを見ていた。
投稿は少ない。
風景写真。
カフェ。
海。
どれも普通だった。
でも。
一枚だけ。
古いマグカップの写真があった。
白いカップ。
縁が少し欠けている。
その瞬間。
レンの呼吸が止まる。
脳裏に、声が流れ込んできた。
『これ捨てないでよ』
女の笑い声。
『なんか、一緒にいた感じするから』
レンは立ち上がっていた。
椅子が倒れる。
周囲の視線が集まる。
でも、そんなことどうでもよかった。
苦しい。
会いたい。
誰だ。
この女は誰なんだ。
その時。
スマートフォンが震えた。
通知。
【mizuki_27があなたをフォローしました】
レンの世界が、静かに止まった。
読んでいただきありがとうございます!
ついに、美月との“再接触”が始まりました。
次回、レンは“知らないはずの恋人”と言葉を交わします!




