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透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


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第十八話 来年の今夜

人は、失ったあとに初めて知る。

愛は幸福だけじゃなく、“醜さ”まで抱えた感情なのだと。

 「……結婚」


 


 レンは呆然と呟いた。


 


 


 頭の中が真っ白だった。


 


 


 踏切の向こう。


 


 泣いていた女。


 


 


 『ごめんね』


 


 


 その意味が、今になって胸へ突き刺さる。


 


 


 終わったのだ。


 


 


 完全に。


 


 


 もう戻らない形で。


 


 


 アカネは静かにレンを見ていた。


 


 


 「彼女、あなたと別れて半年後に結婚した」


 


 


 レンは拳を握りしめる。


 


 


 知らない。


 


 


 知らないはずなのに。


 


 


 胸の奥から、黒い感情が溢れてくる。


 


 


 苦しい。


 


 


 悔しい。


 


 


 惨めだった。


 


 


 「……相手は」


 


 


 掠れた声で聞く。


 


 


 アカネは少しだけ目を伏せた。


 


 


 「投資会社の社長」


 


 


 レンは笑いそうになった。


 


 


 あまりにも、わかりやすかった。


 


 


 金。


 


 安定。


 


 未来。


 


 


 自分には、なかったもの。


 


 


 胸の奥で、何かがどろりと濁っていく。


 


 


 「俺……」


 


 


 レンは低く呟く。


 


 


 「捨てられたのか」


 


 


 アカネは答えなかった。


 


 


 その沈黙だけで十分だった。


 


 


 レンは窓の外を見た。


 


 


 夜景が滲んでいる。


 


 


 あの時、自分は何を思ったのだろう。


 


 


 彼女の結婚を知った夜。


 


 


 どんな顔で。


 


 どんな気持ちで。


 


 


 記憶を売った。


 


 


 その時。


 


 


 また断片が流れ込んでくる。


 


 


 雨。


 


 


 コンビニ前。


 


 


 スマートフォンの画面。


 


 


 SNSの投稿。


 


 


 【入籍しました】


 


 


 知らない男と、笑っている女。


 


 


 顔はぼやけている。


 


 


 でも。


 


 


 幸せそうだった。


 


 


 レンは、その場で崩れ落ちていた。


 


 


 呼吸ができない。


 


 


 胸が痛い。


 


 


 視界が滲む。


 


 


 『なんで』


 


 


 自分の声だった。


 


 


 情けない声。


 


 


 壊れた声。


 


 


 『なんで、俺じゃないんだよ』


 


 


 レンは頭を押さえた。


 


 


 苦しい。


 


 


 感情が、流れ込んでくる。


 


 


 嫉妬。


 


 執着。


 


 喪失。


 


 怒り。


 


 


 愛より醜いものばかりだった。


 


 


 アカネは静かに呟く。


 


 


 「あなた、そのあと毎日泣いてた」


 


 


 レンは何も言えない。


 


 


 「でもね」


 


 


 アカネは続ける。


 


 


 「最後に来た夜、あなたこう言ったの」


 


 


 彼女はレンを見る。


 


 


 その目は、少しだけ悲しそうだった。


 


 


 『来年の今夜には、忘れられますか』って」


 


 


 レンの呼吸が止まる。


 


 


 その言葉だけで。


 


 


 胸が、壊れそうになる。


 


 


 忘れたかった。


 


 


 でも本当は。


 


 


 忘れたくなんかなかった。


 


 


 だから苦しかった。


 


 


 アカネは静かに言う。


 


 


 「あなた、最後まで彼女を愛してた」


 


 


 レンは笑った。


 


 


 涙が出そうなほど、乾いた笑いだった。


 


 


 「……愛なんて、綺麗じゃないな」


 


 


 アカネは少し黙る。


 


 


 そして。


 


 


 小さく呟いた。


 


 


 「だから綺麗なのかもしれない」

読んでいただきありがとうございます!


レンの過去、“壊れた夜”がかなり見えてきました。

次回、レンは“彼女の名前”へ辿り着きます!

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