第十七話 愛なんていらない
人は、“終わった”と理解した瞬間に壊れる。
希望が残っているうちは、まだ本当には絶望できない。
『もう、愛なんていらない』
その言葉が、レンの頭の中で何度も響いていた。
静かな部屋。
高層階の夜景。
なのに。
胸の奥だけが、嵐みたいに荒れている。
レンは床へ座り込んだまま、呼吸を整えようとしていた。
苦しい。
思い出すたび、胸が裂けそうになる。
だったら忘れた方が楽だったはずだ。
なのに。
どうして自分は、取り戻したがっている。
アカネは静かにレンを見下ろしていた。
その目は、観察者の目だった。
でも。
どこか怯えているようにも見えた。
「……人はね」
アカネが小さく言う。
「本当に耐えられない痛みを感じると、自分を守るために感情を切り捨てるの」
レンは何も言わない。
「あなたは壊れた」
アカネは続ける。
「だから記憶を売った」
「……なら」
レンは低く呟く。
「忘れたままの方がよかったのかもしれないな」
その言葉に。
アカネの表情が、一瞬だけ揺れた。
ほんの少しだけ。
苦しそうに。
「そうかもしれない」
静かな声だった。
「でも、人は時々」
彼女は金色の結晶を見つめる。
「痛みごと、愛してしまう」
レンは目を閉じた。
踏切。
泣いていた女。
『私、疲れた』
その声が、何度も胸を刺す。
自分は何をしたんだ。
どれだけ追い詰めた。
どれだけ縋った。
だから、彼女は泣いていたんじゃないのか。
レンは気づき始めていた。
自分の愛は、綺麗なだけじゃなかった。
重かった。
依存していた。
相手を苦しめるほどに。
その時。
アカネがぽつりと言った。
「あなた、彼女を失ったあとね」
レンは顔を上げる。
「毎日ここへ来てた」
「……ここ?」
「月見坂記憶商会」
レンの眉が動く。
アカネは静かに続ける。
「でも売れなかったの」
「最初は」
レンの喉が乾く。
「どういう意味だ」
アカネは少しだけ笑った。
悲しい笑いだった。
「あなた、毎回泣きながら帰ってた」
レンは息を呑む。
「忘れたくないって」
「でも苦しいって」
「死にそうだって」
アカネはレンを見つめる。
「ずっと壊れてた」
レンは何も言えなかった。
思い出せない。
でも。
その苦しみだけは、妙にリアルだった。
「……じゃあ、なんで」
レンは震える声で聞く。
「最後は売ったんだ」
アカネは少し黙った。
そして。
静かに言った。
「彼女が、結婚したから」
その瞬間。
レンの中で、何かが完全に崩れ落ちた。
読んでいただきありがとうございます!
レンの過去、かなり核心へ近づいてきました。
次回、“彼女の結婚”がレンをどう壊したのかが描かれます!




