第十六話 記憶を売る夜
人は、本当に壊れた夜に、“もう二度と愛さない”と決めてしまうことがある。
「私が、愛されたかった人」
アカネの言葉が、静かに耳へ残る。
レンはしばらく何も言えなかった。
高層マンションの窓の向こうで、夜景がぼやけている。
光は綺麗だった。
でも、どこか冷たかった。
アカネは写真を見つめたまま、小さく呟く。
「人って不思議よね」
「本当に欲しいものほど、手に入らない」
レンは眉をひそめる。
「……お前にも、好きな奴がいたのか」
アカネは少しだけ笑った。
「いたわ」
その笑顔は綺麗だった。
でも。
ひどく空っぽだった。
「でも、その人は私を選ばなかった」
レンは何も言えない。
アカネは静かに続ける。
「だから知りたくなったの」
「“本物の愛”って何なのか」
レンは低く言う。
「そんなの、人の記憶集めてわかるのか」
アカネは少し考えるように目を細めた。
「わからない」
即答だった。
「でも、集めてると時々、“消えない感情”があるの」
彼女は金色の結晶を見る。
「あなたみたいに」
レンは写真を握りしめた。
胸が苦しい。
頭の奥で、断片が揺れている。
その時だった。
突然。
視界が歪む。
レンは思わず壁へ手をついた。
「……っ」
頭痛。
激しいノイズ。
そして。
記憶が流れ込んでくる。
夜。
雨。
びしょ濡れの自分。
誰かを探して走っている。
『待ってくれ!』
自分の声だった。
苦しいほど必死な声。
踏切。
赤い警報音。
その向こう側に、女が立っている。
顔は見えない。
でも。
泣いていた。
『もう無理だよ、レン』
胸が引き裂かれる。
『私、疲れた』
その言葉だけで、呼吸が止まりそうになる。
『ごめんね』
そして。
女は背を向けた。
そこで記憶が切れる。
レンは荒い呼吸のまま、その場に崩れ落ちた。
「……はぁ……っ」
胸が痛い。
息ができない。
アカネが静かに近づいてくる。
「見えた?」
レンは震える声で呟く。
「俺……」
喉が詰まる。
「捨てられたのか」
アカネは少し黙った。
そして。
静かに言った。
「あなたは、その夜に記憶を売った」
レンは目を見開く。
「……その直後に?」
アカネは頷く。
「あなた、泣きながら言ってたわ」
彼女はレンを見る。
その目だけ、少しだけ揺れていた。
『もう、愛なんていらない』って」
レンは言葉を失った。
胸の奥で、何かが崩れていく。
愛した。
壊れた。
だから捨てた。
でも。
捨てきれなかった。
だから今も、苦しい。
読んでいただきありがとうございます!
ついに“記憶を売った夜”の断片が見えてきました。
次回、レンはさらに深い記憶へ踏み込んでいきます!




