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透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


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第百四十三話 自分で選ぶということ

正しい人生なんて、多分ない。

あるのは、“自分で選んだ人生”だけなのかもしれない。

 黒い店には、静かなジャズが流れていた。


 


 


 昼下がり。


 


 


 窓の外では、雪解けの雫がゆっくり落ちている。


 


 


 レンは、カウンター席でスマホを見つめていた。


 


 


 送ったメッセージ。


 


 


 【大丈夫?】


 


 


 既読はついている。


 


 


 でも。


 


 


 返信は、まだ来ていなかった。


 


 


 胸が落ち着かない。


 


 


 でも。


 


 


 追いかけるようなメッセージは送りたくなかった。


 


 


 その時。


 


 


 アカネが珈琲を置く。


 


 


 「はい、不安でスマホ五百回見る人」


 


 


 レンが顔をしかめる。


 


 


 「盛るな」


 


 


 雪斗が奥から言う。


 


 


 「三百回くらいだよね」


 


 


 レンは深くため息を吐いた。


 


 


 でも。


 


 


 少しだけ笑ってしまう。


 


 


 その時。


 


 


 店のベルが鳴る。


 


 


 入ってきたのは、高瀬だった。


 


 


 以前、“娘との距離”に悩んでいた男性。


 


 


 今日は少し疲れた顔をしている。


 


 


 アカネが聞く。


 


 


 「どうしたの」


 


 


 高瀬は苦笑した。


 


 


 「娘とまた喧嘩しました」


 


 


 雪斗が即答する。


 


 


 「正常」


 


 


 店内に、小さな笑いが漏れる。


 


 


 高瀬も少し笑った。


 


 


 でも。


 


 


 そのあと静かになる。


 


 


 やがて。


 


 


 ぽつりと言った。


 


 


 「でも昨日、娘に言われたんです」


 


 


 レンが顔を向ける。


 


 


 高瀬は少し照れくさそうに笑った。


 


 


 「“お父さん、自分で決めなよ”って」


 


 


 店内が静まる。


 


 


 高瀬は続けた。


 


 


 「俺、ずっと」


 


 


 「“父親だから”とか」


 


 


 「“大人だから”とか」


 


 


 「そういうので選んできたんですよね」


 


 


 窓の外を見る。


 


 


 冬の光。


 


 


 「でも娘に、“お父さんがどうしたいのか分かんない”って言われて」


 


 


 苦笑する。


 


 


 「めちゃくちゃ刺さりました」


 


 


 その言葉が、レンの胸へ静かに落ちる。


 


 


 “自分がどうしたいのか”。


 


 


 最近、何度も聞いてきた言葉。


 


 


 でも実際は。


 


 


 それをちゃんと選ぶのが、一番難しい。


 


 


 その時。


 


 


 高瀬がぽつりと言う。


 


 


 「結局さ」


 


 


 レンが顔を向ける。


 


 


 高瀬は、静かに続けた。


 


 


 「“正しい人生”って、多分ないんですよね」


 


 


 「あるのは」


 


 


 少し間。


 


 


 「“自分で選んだ人生”だけで」


 


 


 店内が静かになる。


 


 


 レンは、その言葉をゆっくり噛みしめていた。


 


 


 誰も傷つかない正解。


 


 


 全部丸く収まる答え。


 


 


 多分、そんなものはない。


 


 


 だから最後は。


 


 


 “自分で選ぶ”。


 


 


 それしかないのだ。


 


 


 その時。


 


 


 レンのスマホが震える。


 


 


 呼吸が、一瞬止まる。


 


 


 美月からだった。


 


 


 レンは、静かに画面を開く。


 


 


 【今、ちゃんと考えてる】


 


 


 短い文章。


 


 


 でも。


 


 


 そこには、逃げない覚悟があった。


 


 


 続けて、もう一件。


 


 


 【だから少しだけ待って】


 


 


 レンは、その文字を静かに見つめる。


 


 


 胸が苦しい。


 


 


 でも。


 


 


 どこか少しだけ、安心していた。


 


 


 “感情に流されるだけ”じゃない。


 


 


 美月もまた、自分の人生を選ぼうとしている。


 


 


 その時。


 


 


 窓の外で、雪解けの雫が静かに落ちた。


 


 


 透明都市。


 


 


 感情を閉じ込めていた街。


 


 


 でも今は。


 


 


 人々が、“自分で選ぶ痛み”を覚え始めていた。

読んでいただきありがとうございます!


今回は、“自分で選ぶ”というテーマをさらに深く描いてみました。

感情を取り戻した人間たちは今、“誰かの正解”ではなく、“自分の人生”と向き合い始めています。

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