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透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


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第百四十二話 空っぽになった部屋

恋だけが、愛情じゃない。

人は時々、“失いそうになった日常”の中に、本当の温度を見つける。

 朝焼けは、すっかり街を照らしていた。


 


 


 透明都市の雪景色が、窓の向こうで白く光っている。


 


 


 美月は、マグカップを両手で包みながら俯いていた。


 


 


 旦那の言葉が、まだ胸へ残っている。


 


 


 “どうしたい?”


 


 


 その問いは、想像していたよりずっと怖かった。


 


 


 “どうするべきか”なら考えてきた。


 


 


 傷つけないように。


 


 


 壊さないように。


 


 


 誰かが悪者にならないように。


 


 


 でも。


 


 


 “自分がどう生きたいか”は、ずっと後回しだった。


 


 


 その時。


 


 


 旦那が、静かに立ち上がる。


 


 


 「……ちょっと散歩してくる」


 


 


 美月が顔を上げる。


 


 


 旦那は、小さく笑った。


 


 


 「頭整理したい」


 


 


 責める声じゃない。


 


 


 でも。


 


 


 ちゃんと傷ついている人の声だった。


 


 


 美月は、小さく頷く。


 


 


 「……うん」


 


 


 旦那はコートを羽織る。


 


 


 玄関へ向かう。


 


 


 その背中を見た瞬間。


 


 


 美月の胸が、急に締め付けられた。


 


 


 “失う”。


 


 


 その感覚が、初めて現実味を持った。


 


 


 その時。


 


 


 旦那が、玄関で少しだけ振り返る。


 


 


 そして。


 


 


 静かに言った。


 


 


 「ちゃんと考えてね」


 


 


 その一言だけ残して、扉が閉まる。


 


 


 部屋が静かになる。


 


 


 暖房の音だけ。


 


 


 さっきまで誰かがいた温度だけが、まだ残っている。


 


 


 美月は、しばらく動けなかった。


 


 


 そして。


 


 


 ゆっくり部屋を見回す。


 


 


 ソファ。


 


 


 読みかけの雑誌。


 


 


 二人分のマグカップ。


 


 


 冷蔵庫へ貼られたメモ。


 


 


 生活だった。


 


 


 ちゃんと積み重ねてきた時間。


 


 


 その時。


 


 


 美月は気づく。


 


 


 自分は今まで、


 


 


 “恋”ばかりを特別な感情だと思っていた。


 


 


 でも本当は。


 


 


 こういう日常もまた、愛情だったのだ。


 


 


 朝の「おはよう」。


 


 


 コンビニでついでに買ってくるプリン。


 


 


 寒い日の鍋。


 


 


 眠そうな顔。


 


 


 くだらない会話。


 


 


 全部。


 


 


 ちゃんと“二人で生きた時間”だった。


 


 


 その時。


 


 


 急に部屋が広く感じた。


 


 


 たった一人いないだけなのに。


 


 


 こんなにも空気が変わる。


 


 


 美月は、静かに涙を零す。


 


 


 レンを好きな気持ちは、本物だった。


 


 


 でも。


 


 


 今ここで感じている喪失感も、嘘じゃない。


 


 


 その時。


 


 


 スマホが震える。


 


 


 レンからだった。


 


 


 【大丈夫?】


 


 


 短い一文。


 


 


 でも。


 


 


 その優しさが、今は少し苦しかった。


 


 


 美月は、すぐには返信できない。


 


 


 画面を見つめたまま、静かに息を吐く。


 


 


 そして。


 


 


 初めて思った。


 


 


 “誰かを選ぶ”って。


 


 


 “誰かを失う”ことなんだ、と。

読んでいただきありがとうございます!


今回は、“空っぽになった部屋”を描いてみました。

感情を取り戻した世界では、“日常の愛情”もまた、人を深く揺らしていきます。

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