第十四話 君がいた温度
記憶は消えても、場所には時々、“感情の温度”だけが残り続ける。
「会わせてくれ」
レンは即座に言っていた。
アカネは少しだけ目を細める。
「迷わないのね」
「迷う理由がない」
レンは金色の結晶を見つめた。
苦しい。
それなのに、目を逸らせない。
この感情が何なのか。
確かめたかった。
アカネはしばらくレンを見つめていた。
やがて静かに歩き出す。
「来て」
レンは後を追った。
標本室の奥。
さらに細い通路が続いている。
薄暗い廊下。
足音だけが静かに響く。
やがてアカネは、一枚の扉の前で立ち止まった。
「ここ」
レンは眉をひそめる。
「……何がある」
アカネは少しだけ笑う。
「あなたの“残り香”」
扉が開く。
そこは小さな部屋だった。
机。
本棚。
古いスピーカー。
誰かの生活の痕跡が、静かに残っている。
レンはゆっくり部屋へ入った。
その瞬間。
胸が強く締めつけられる。
懐かしい。
でも、何が懐かしいのかわからない。
アカネが後ろで静かに言う。
「あなたの記憶を解析した時、“感情の滞留”が特に強かった場所」
レンは聞いていなかった。
机の上に、小さなマグカップが置いてある。
白いカップ。
縁が少し欠けていた。
それを見た瞬間。
脳の奥で、何かが弾ける。
『また割ったの?』
女の笑い声。
『レン、ほんと雑なんだから』
頭痛。
レンは思わず机へ手をついた。
「……っ」
息が苦しい。
でも、止まらない。
『ねえ、これ捨てないでよ』
『なんか、一緒にいた感じするから』
知らない声。
知らないはずなのに。
涙が出そうになる。
アカネは少し離れた場所から、その様子を見ていた。
観察するみたいに。
でも、その目は少しだけ揺れていた。
レンは震える指で、マグカップを触った。
温度なんて残っているはずがない。
なのに。
“誰かがそこにいた感覚”だけが、妙にリアルだった。
『レン』
また声が聞こえる。
優しい声。
泣きたくなる声。
レンは目を閉じた。
会いたい。
顔もわからない。
名前も知らない。
それなのに。
どうしようもなく、会いたい。
その時。
机の引き出しから、一枚の写真が落ちた。
レンは息を呑む。
写真には、男女が写っていた。
男は自分だった。
そして隣には――
顔だけが、黒く塗り潰されていた。
読んでいただきありがとうございます!
レンの記憶、少しずつ断片が戻り始めました。
次回、“顔のない恋人”の正体へ近づいていきます!




