第十三話 金色の結晶
人は、失った瞬間から執着を始める。
そして時々、“愛”は記憶より先に壊れていく。
淡い金色の結晶。
それは静かに光っていた。
まるで呼吸しているみたいに。
レンは無意識に、一歩近づいていた。
胸が苦しい。
理由はわからない。
でも、この結晶を見ていると、涙が出そうになる。
「……これが」
レンは掠れた声で呟く。
「俺の記憶なのか」
アカネは静かに頷いた。
「正確には、“愛情の残滓”」
彼女は結晶を見つめながら続ける。
「強い感情ほど、完全には消えない」
「だから、売却されたあとも結晶として残るの」
レンはガラスケースへ手を伸ばした。
その瞬間。
アカネが静かに言う。
「触ると戻れなくなるかもしれない」
レンの指が止まる。
「……どういう意味だ」
アカネは少し黙った。
「感情はね、思い出すだけじゃ済まない時があるの」
彼女はレンを見る。
「特に、愛は」
その目だけは、少しだけ寂しそうだった。
レンは結晶を見つめる。
金色。
妙に綺麗だった。
苦しいほど。
「……俺は」
レンは低く呟く。
「その人を、そんなに愛してたのか」
アカネは小さく笑った。
「ええ」
「だから高かった」
その言葉に、レンは顔をしかめる。
やはり腹が立つ。
人の感情を、“値段”で語るその感覚。
けれど。
レンは気づいてしまう。
自分も、売った。
金のために。
あるいは。
忘れるために。
どちらにしても。
自分は愛を手放した側の人間だ。
「……なんでそんなに愛に執着する」
レンは聞いた。
アカネは少し黙る。
高層階の窓の外で、夜景が滲んでいた。
そして。
ぽつりと呟く。
「私は、愛されたことがないから」
レンは目を見開く。
アカネは笑っていた。
でも、その笑顔はひどく空っぽだった。
「だから知りたいの」
彼女は金色の結晶を見つめる。
「どうして人は、そんなふうに誰かを愛せるのか」
その声は、本当に静かだった。
まるで。
遠い星を見上げる子供みたいだった。
レンは言葉を失う。
この女は狂っている。
でも。
壊れてもいる。
その時。
アカネが小さく言った。
「あなた、会いたい?」
レンの呼吸が止まる。
「……誰に」
アカネは静かに微笑んだ。
「あなたが愛してた人に」
胸が強く脈打つ。
顔も。
名前も。
思い出せない。
なのに。
“会いたい”という感情だけが、異常なくらい残っている。
レンは気づく。
自分はもう。
取り戻したいんじゃない。
執着している。
失った愛に。
自分自身が捨てた感情に。
読んでいただきありがとうございます!
レンとアカネ、それぞれの“欠落”が見えてきました。
次回、レンはついに“愛していた相手”の痕跡へ近づきます!




