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透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


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第十二話 愛の標本室

人は、忘れたいから感情を手放す。

けれど本当に美しい感情ほど、消えずに残り続ける。

指定された住所は、湾岸地区の高層マンションだった。


 


 透明都市でも有数の高級住宅街。


 


 ガラス張りの巨大な建物が、夜景を映して静かに光っている。


 


 


 レンはエントランスの前で立ち止まった。


 


 


 場違いだと思った。


 


 


 こんな場所に住む女が、なぜ他人の感情なんか集めている。


 


 


 自動ドアが開く。


 


 受付は無人だった。


 


 


 ただ、端末に一行だけ表示されている。


 


 


 【最上階へどうぞ】


 


 


 レンは無言でエレベーターへ乗り込んだ。


 


 


 上へ。


 


 上へ。


 


 


 耳が少しだけ詰まる。


 


 


 数字が増えていくたび、妙な緊張が胸に溜まっていった。


 


 


 最上階。


 


 


 扉が開く。


 


 


 そこには、ひとりの女が立っていた。


 


 


 長い黒髪。


 


 白いシャツ。


 


 素足。


 


 


 年齢は二十代後半くらいだろうか。


 


 


 綺麗だった。


 


 


 でも。


 


 


 妙に現実感がない。


 


 


 人間というより、“静かな幽霊”みたいだった。


 


 


 「こんばんは、真壁レンさん」


 


 


 藤堂アカネは微笑んだ。


 


 


 その笑顔には、温度がない。


 


 


 レンは無意識に身構える。


 


 


 アカネはそんなレンを見て、小さく笑った。


 


 


 「そんなに警戒しなくても大丈夫」


 


 


 「……お前、自分が何してるかわかってるのか」


 


 


 アカネは少し考えるように目を細めた。


 


 


 「人の感情を集めてる」


 


 


 「そういう意味じゃない」


 


 


 レンは低く言う。


 


 


 「人の人生を壊してるって言ってるんだ」


 


 


 アカネはしばらく黙った。


 


 


 そして静かに答える。


 


 


 「壊れたから売るのよ」


 


 


 レンは言葉を失った。


 


 


 アカネは背を向け、部屋の奥へ歩いていく。


 


 


 「来て」


 


 


 レンは少し迷ったあと、後を追った。


 


 


 部屋は広かった。


 


 だが生活感がほとんどない。


 


 


 ホテルみたいだった。


 


 


 その奥。


 


 


 一枚の大きな扉がある。


 


 


 アカネは静かに扉へ手をかけた。


 


 


 「あなたに見せたいものがあるの」


 


 


 扉が開く。


 


 


 その瞬間。


 


 


 レンは息を呑んだ。


 


 


 部屋いっぱいに、透明な結晶が並んでいた。


 


 


 青。


 


 赤。


 


 白。


 


 淡く光る無数の結晶。


 


 


 まるで星空だった。


 


 


 「……なんだ、これ」


 


 


 レンが呟く。


 


 


 アカネは静かに言った。


 


 


 「愛の標本室」


 


 


 レンの背筋に寒気が走る。


 


 


 アカネはゆっくり歩きながら続けた。


 


 


 「失恋」


 


 「純愛」


 


 「執着」


 


 「依存」


 


 「報われなかった恋」


 


 


 彼女は結晶を見上げる。


 


 


 「全部、誰かが本気で誰かを愛した証」


 


 


 その横顔だけは。


 


 


 どこか本当に綺麗だった。


 


 


 「……狂ってる」


 


 


 レンは呟く。


 


 


 アカネは否定しなかった。


 


 


 代わりに、ひとつの結晶の前で立ち止まる。


 


 


 淡い金色の結晶。


 


 


 他のものより、少しだけ強く光っていた。


 


 


 アカネはそれを見つめながら、小さく言う。


 


 


 「これ、あなたの」


 


 


 レンの呼吸が止まる。


 


 


 胸の奥が、異常なくらい痛む。


 


 


 知らない。


 


 


 知らないはずなのに。


 


 


 なぜか。


 


 


 涙が出そうになる。

読んでいただきありがとうございます!


ついに“愛の標本室”が登場しました。

ここから、レン自身の愛の記憶へ近づいていきます

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