表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

137/151

第百三十七話 ちゃんと話す

本当に苦しいのは、“怒られる瞬間”じゃない。

ちゃんと向き合ってくれる優しさだったりする。

 夜だった。


 


 


 透明都市の空気は、冷たく澄んでいる。


 


 


 美月は、マンションの前で立ち止まっていた。


 


 


 コンビニの袋を片手に持っている。


 


 


 でも。


 


 


 中身なんて、ほとんど覚えていなかった。


 


 


 胸の鼓動だけが、やけにうるさい。


 


 


 “今日、ちゃんと話す”。


 


 


 自分で送った言葉なのに。


 


 


 今は少し怖かった。


 


 


 エレベーターへ乗る。


 


 


 静かな機械音。


 


 


 鏡へ映る自分の顔は、少し疲れていた。


 


 


 でも。


 


 


 逃げたくなかった。


 


 


 旦那を傷つけないために。


 


 


 じゃない。


 


 


 レンを選ぶために。


 


 


 でもない。


 


 


 “自分がどう生きたいのか”。


 


 


 それを、もう誤魔化したくなかった。


 


 


 部屋の前へ着く。


 


 


 鍵を開ける。


 


 


 暖かい空気。


 


 


 テレビの音。


 


 


 カレーの匂い。


 


 


 日常だった。


 


 


 旦那がキッチンから顔を出す。


 


 


 「おかえり」


 


 


 その声が、胸へ刺さる。


 


 


 優しい。


 


 


 ちゃんと。


 


 


 だから苦しい。


 


 


 美月は、小さく返す。


 


 


 「……ただいま」


 


 


 旦那は笑った。


 


 


 「今日、カレー作っといた」


 


 


 「珍しく上手くできた」


 


 


 少し得意そうな顔。


 


 


 その何気ない表情が、泣きたくなるくらい温かい。


 


 


 美月はコートを脱ぐ。


 


 


 でも。


 


 


 指先が少し震えていた。


 


 


 旦那が気づく。


 


 


 「……大丈夫?」


 


 


 その瞬間。


 


 


 美月は、逃げられないと思った。


 


 


 この人は。


 


 


 ちゃんと見ている。


 


 


 自分を。


 


 


 誤魔化したまま、隣にいることの方が失礼だと思った。


 


 


 美月は、静かに息を吸う。


 


 


 そして。


 


 


 小さく言った。


 


 


 「……話したいことがある」


 


 


 部屋の空気が、少し変わる。


 


 


 旦那は、すぐには喋らなかった。


 


 


 でも。


 


 


 静かに頷く。


 


 


 「うん」


 


 


 責める声じゃない。


 


 


 怒った顔でもない。


 


 


 ただ。


 


 


 ちゃんと向き合おうとする顔だった。


 


 


 二人は、リビングの椅子へ座る。


 


 


 テレビの音を消す。


 


 


 静寂。


 


 


 時計の秒針だけが聞こえる。


 


 


 美月の喉が、ひどく乾く。


 


 


 でも。


 


 


 言わなければいけなかった。


 


 


 その時。


 


 


 旦那が、静かに口を開く。


 


 


 「……好きな人、できた?」


 


 


 美月の呼吸が止まる。


 


 


 心臓が、強く跳ねた。


 


 


 旦那は、美月を見ている。


 


 


 怒ってはいない。


 


 


 でも。


 


 


 少しだけ悲しそうだった。


 


 


 その顔を見た瞬間。


 


 


 美月の目から、涙が零れた。


 


 


 静かに。


 


 


 ぽろぽろと。


 


 


 旦那は、何も言わない。


 


 


 責めない。


 


 


 怒鳴らない。


 


 


 だから余計に、苦しかった。


 


 


 美月は、震える声で言う。


 


 


 「……ごめんなさい」


 


 


 その言葉は。


 


 


 全部の感情が混ざった謝罪だった。


 


 


 好きになってしまったこと。


 


 


 隠していたこと。


 


 


 傷つけること。


 


 


 全部。


 


 


 旦那は、しばらく黙っていた。


 


 


 やがて。


 


 


 小さく息を吐く。


 


 


 そして。


 


 


 静かに呟いた。


 


 


 「そっか」


 


 


 その声は、驚くほど静かだった。


 


 


 でも。


 


 


 その静けさの奥にある痛みを、美月はちゃんと感じてしまった。

読んでいただきありがとうございます!


今回は、ついに“ちゃんと話す”瞬間を描きました。

感情を取り戻した人間たちは今、“本音を隠さず生きる痛み”と向き合い始めています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ