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透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


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第百三十三話 朝の食卓

人を苦しめるのは、“悪意”だけじゃない。

時々それは、あまりにも優しい日常だったりする。

 翌朝。


 


 


 透明都市には、昨夜の雪が少しだけ残っていた。


 


 


 白い歩道。


 


 


 冷たい空気。


 


 


 窓の外は、静かな冬景色だった。


 


 


 美月は、キッチンに立っている。


 


 


 フライパンの音。


 


 


 味噌汁の湯気。


 


 


 いつもの朝。


 


 


 でも。


 


 


 胸の奥だけが、昨夜からずっと落ち着かなかった。


 


 


 その時。


 


 


 後ろから声。


 


 


 「いい匂いする」


 


 


 旦那だった。


 


 


 寝癖のついた髪。


 


 


 眠そうな顔。


 


 


 でも。


 


 


 その姿には、ちゃんと“生活”の温度があった。


 


 


 美月は、小さく笑う。


 


 


 「味噌汁だけだけどね」


 


 


 旦那は椅子へ座る。


 


 


 そして。


 


 


 ぼんやり窓の外を見ながら言った。


 


 


 「雪残ったね」


 


 


 「うん」


 


 


 静かな会話。


 


 


 穏やかな朝。


 


 


 その空気が、今日は少し苦しかった。


 


 


 その時。


 


 


 旦那が、美月を見る。


 


 


 少し不思議そうに。


 


 


 「昨日、なんかあった?」


 


 


 美月の呼吸が、一瞬止まる。


 


 


 でも。


 


 


 旦那は責めるような顔じゃなかった。


 


 


 ただ。


 


 


 “いつもと違う”ことへ気づいている顔だった。


 


 


 美月は少し迷う。


 


 


 やがて。


 


 


 小さく笑った。


 


 


 「なんでもないよ」


 


 


 その言葉が、胸に刺さる。


 


 


 嘘だった。


 


 


 でも。


 


 


 全部を話せるわけでもない。


 


 


 旦那は、しばらく美月を見ていた。


 


 


 やがて。


 


 


 静かに言う。


 


 


 「そっか」


 


 


 それ以上、聞かなかった。


 


 


 その優しさが。


 


 


 今日は少し痛い。


 


 


 美月は、味噌汁をよそう。


 


 


 湯気が揺れる。


 


 


 その時。


 


 


 旦那がぽつりと言った。


 


 


 「最近さ」


 


 


 美月が顔を向ける。


 


 


 旦那は少し笑う。


 


 


 「前より、ちゃんと笑うようになったよね」


 


 


 美月の胸が、静かに揺れる。


 


 


 前にも言われた言葉。


 


 


 でも今日は、前より苦しかった。


 


 


 旦那は続ける。


 


 


 「なんか、安心した」


 


 


 その言葉で。


 


 


 美月は、何も言えなくなる。


 


 


 安心。


 


 


 旦那はきっと、本当に美月を大事にしている。


 


 


 無理に縛らず。


 


 


 責めず。


 


 


 ちゃんと見ている。


 


 


 だからこそ。


 


 


 この感情は、簡単に“悪者”になってくれなかった。


 


 


 その時。


 


 


 旦那が、味噌汁を飲んで顔をしかめる。


 


 


 「熱っ」


 


 


 美月は思わず吹き出した。


 


 


 旦那も笑う。


 


 


 その光景が、あまりにも普通で。


 


 


 あまりにも温かくて。


 


 


 だから。


 


 


 美月は、また少し泣きそうになった。

読んでいただきありがとうございます!


今回は、美月と旦那さんの日常を描いてみました。

“誰かを傷つけたくない恋”は、時々“相手が優しいほど苦しくなる”のかもしれません。

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