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透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


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第百二十七話 言わなかった言葉

本当に大事な感情ほど、人は簡単に言葉にできない。

“好き”という短い言葉には、時々人生を動かす力がある。

 朝が来る頃には、空気が少し白くなっていた。


 


 


 透明都市の冬。


 


 


 始発電車の音が、遠くで響いている。


 


 


 レンは、屋上の手すりへ寄りかかったまま空を見ていた。


 


 


 隣では、アカネが缶コーヒーを飲んでいる。


 


 


 夜を越えたあと特有の、静かな疲労感。


 


 


 でも。


 


 


 どこか穏やかだった。


 


 


 その時。


 


 


 アカネがぽつりと言う。


 


 


 「ねえ」


 


 


 レンが顔を向ける。


 


 


 アカネは空を見たまま続けた。


 


 


 「“好き”って、ちゃんと伝えたことある?」


 


 


 レンは少し考える。


 


 


 そして、苦笑した。


 


 


 「……意外とないかも」


 


 


 昔の恋愛を思い返す。


 


 


 依存。


 


 


 不安。


 


 


 執着。


 


 


 “離れないで”は何度もあった。


 


 


 でも。


 


 


 ちゃんと、“好き”だけを静かに伝えた記憶は少なかった。


 


 


 アカネが小さく笑う。


 


 


 「人間って不思議よね」


 


 


 「一番大事なことほど、ちゃんと言えない」


 


 


 レンは黙って聞いている。


 


 


 アカネは続けた。


 


 


 「“嫌われたくない”とか」


 


 


 「“重いって思われたくない”とか」


 


 


 「そういうの間に挟まるから」


 


 


 冬の風が吹く。


 


 


 レンは、美月を思い出していた。


 


 


 ちゃんと好きだ。


 


 


 でも。


 


 


 今の関係で、その言葉を簡単に言ってしまっていいのか分からない。


 


 


 言葉には、力がある。


 


 


 時々。


 


 


 人生を動かしてしまうくらいに。


 


 


 その時。


 


 


 アカネが、ぽつりと呟いた。


 


 


 「昔さ」


 


 


 レンが顔を向ける。


 


 


 アカネは少し苦笑する。


 


 


 「結局最後まで、“好き”って言えなかった恋あったの」


 


 


 レンは黙る。


 


 


 アカネは続けた。


 


 


 「別に、付き合ってはいたのよ」


 


 


 「でも」


 


 


 少し間。


 


 


 「ちゃんと、“あなたが好き”って言葉だけは言えなかった」


 


 


 空が、少しずつ明るくなっていく。


 


 


 アカネは笑った。


 


 


 でも。


 


 


 その笑顔は少し寂しかった。


 


 


 「なんか、“言ったら終わる気”してたのよね」


 


 


 レンの胸が、静かに痛む。


 


 


 わかる気がした。


 


 


 本当に大事な感情ほど。


 


 


 口に出した瞬間、壊れてしまいそうで怖い。


 


 


 その時。


 


 


 レンのスマホが震える。


 


 


 美月からだった。


 


 


 【おはよう】


 


 


 たったそれだけ。


 


 


 でも。


 


 


 レンは、その文字を見つめたまま動けなかった。


 


 


 アカネが横から覗く。


 


 


 そして。


 


 


 小さく笑った。


 


 


 「顔が恋愛漫画なのよ」


 


 


 レンが顔をしかめる。


 


 


 「うるさい」


 


 


 でも。


 


 


 少し笑ってしまった。


 


 


 その時。


 


 


 朝日が、ゆっくり街へ差し込む。


 


 


 透明都市。


 


 


 感情を失いかけた街。


 


 


 でも今は。


 


 


 誰かへ伝えられなかった言葉たちが、静かに息をし始めていた。

読んでいただきありがとうございます!


今回は、“言えなかった感情”について描いてみました。

人はきっと、“伝える怖さ”と“伝えなかった後悔”の間で揺れながら生きているんだと思います。

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