第百二十三話 空白の返信
大きな愛情だけが、本物じゃない。
“また話したい”みたいな小さな感情が、人を繋ぎ止めたりする。
その日から。
美月との連絡は、少し減った。
完全に途切れたわけじゃない。
でも。
前みたいに、何気ないメッセージが何往復も続くことはなくなった。
【おはよう】
【仕事おわった】
【今日寒いね】
そんな小さな会話たちが。
少しずつ、静かになっていく。
レンは、その変化をちゃんと感じていた。
でも。
自分から強く繋ぎ止めることもできなかった。
その時。
黒い店の窓際で、レンはスマホを見つめている。
美月とのトーク画面。
最後のメッセージは、昨日の夜。
【おやすみ】
たったそれだけ。
でも。
その短さが、妙に寂しかった。
レンは、小さく息を吐く。
その時。
アカネが珈琲を置いた。
「はい、失恋未満の人」
レンが顔をしかめる。
「縁起悪いこと言うな」
アカネは苦笑する。
「でも、今あんたら多分」
「一番苦しい時期よ」
レンは黙る。
否定できなかった。
関係が終わったわけじゃない。
嫌いになったわけでもない。
むしろ。
好きだからこそ距離を取っている。
だから余計に、感情の置き場がなくなる。
その時。
店のベルが鳴る。
入ってきたのは、以前来ていた“好きがわからない女性”だった。
クラゲ好きの彼女。
女性は少し嬉しそうに言う。
「この前、水族館行ってきました」
レンは少し笑う。
「どうでした」
女性は席へ座りながら答える。
「なんか」
少し照れくさそうに笑う。
「また行きたいって思いました」
その言葉を聞いた瞬間。
レンの胸が、小さく揺れる。
“また会いたい”。
“また行きたい”。
感情って、本当はそれくらい小さいところから始まる。
女性は続ける。
「前の私、多分」
「好きって、“人生変わるくらい強い感情”だと思ってたんです」
アカネが頷く。
女性は笑った。
「でも違いました」
窓の外を見る。
冬の街。
「“また見たい”とか」
「“もう少し一緒にいたい”とか」
「そういう小さいので充分だった」
店内が静かになる。
レンは、その言葉をゆっくり噛みしめる。
美月との関係も、多分そうだ。
派手な愛じゃない。
今すぐ全部捨てて走るような感情でもない。
でも。
“もう少し話していたい”。
“無事でいてほしい”。
“今日も笑っていてほしい”。
そういう小さな想いが、確かにある。
その時。
スマホが震える。
レンの呼吸が、一瞬止まる。
画面。
美月からだった。
【今日、空き時間にクラゲの動画見ちゃった】
その一文を見た瞬間。
レンは、思わず小さく笑ってしまう。
胸が、少しだけ温かくなる。
空白みたいだった距離の中で。
それでも。
ちゃんと繋がっている感情があった。
読んでいただきありがとうございます!
今回は、“距離を取ったあとに残る感情”を描いてみました。
静かになった関係の中にも、ちゃんと消えていない想いがあります。




