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透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


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第百二十一話 幸せの形

幸せは、“苦しくないこと”じゃない。

誰かと生きる痛みを、それでも受け入れたいと思えることなのかもしれない。

 冬の夕方だった。


 


 


 透明都市の空は、薄いオレンジ色へ染まり始めている。


 


 


 レンは、黒い店のカウンターでぼんやり外を見ていた。


 


 


 最近、この街は少し変わった。


 


 


 感情を取り戻してから。


 


 


 泣く人も増えた。


 


 


 怒る人も増えた。


 


 


 でも。


 


 


 笑う人も増えた気がする。


 


 


 その時。


 


 


 店のベルが鳴る。


 


 


 入ってきたのは、見覚えのある男性だった。


 


 


 レンは少し目を見開く。


 


 


 「……高瀬さん?」


 


 


 以前、“亡くなった妻を思い出して泣けなかった男”。


 


 


 高瀬は少し照れくさそうに笑った。


 


 


 「どうも」


 


 


 前より、少し顔色がいい。


 


 


 高瀬は席へ座る。


 


 


 アカネが珈琲を置いた。


 


 


 高瀬は湯気を見ながら、小さく息を吐く。


 


 


 「娘と喧嘩したんです」


 


 


 レンが目を瞬かせる。


 


 


 高瀬は苦笑する。


 


 


 「反抗期ってやつですかね」


 


 


 「“うるさい”って言われました」


 


 


 雪斗が小さく笑う。


 


 


 「それは正常」


 


 


 高瀬も少し笑った。


 


 


 でも。


 


 


 そのあと、少し静かになる。


 


 


 「前の俺なら、多分」


 


 


 「ちゃんと向き合えなかったと思うんです」


 


 


 レンは黙って聞いている。


 


 


 高瀬は続けた。


 


 


 「感情戻る前って」


 


 


 「家族とも、どこか他人みたいだったから」


 


 


 「ちゃんと傷つかなかったし」


 


 


 「ちゃんと嬉しくもなかった」


 


 


 窓の外を見る。


 


 


 冬の街。


 


 


 人々が、行き交っている。


 


 


 高瀬は少し笑う。


 


 


 「でも今は」


 


 


 「娘に怒鳴られるだけで、普通にへこむんですよね」


 


 


 店内に、小さな笑いが漏れる。


 


 


 高瀬も笑った。


 


 


 そして。


 


 


 少しだけ優しい顔になる。


 


 


 「……でも、それが嬉しいんです」


 


 


 レンの胸が、静かに揺れる。


 


 


 高瀬は続けた。


 


 


 「ちゃんと家族やってる感じがして」


 


 


 「妻がいなくなってから」


 


 


 「俺、“父親”も止まってたんだなって思いました」


 


 


 その言葉が、静かに落ちる。


 


 


 感情を失うって。


 


 


 悲しみだけじゃなく。


 


 


 “誰かと生きる実感”まで薄くしてしまうのかもしれない。


 


 


 その時。


 


 


 高瀬がぽつりと言った。


 


 


 「昔はね」


 


 


 「幸せって、“苦しくないこと”だと思ってたんです」


 


 


 レンは顔を上げる。


 


 


 高瀬は少し笑った。


 


 


 「でも今は」


 


 


 「怒ったり」


 


 


 「泣いたり」


 


 


 「傷ついたりしてる方が」


 


 


 少し照れくさそうに続ける。


 


 


 「なんか、生きてる感じするんですよね」


 


 


 店内が静かになる。


 


 


 レンは、その言葉をゆっくり噛みしめる。


 


 


 幸せ。


 


 


 それはきっと。


 


 


 “苦しくない状態”じゃない。


 


 


 痛みも。


 


 


 不安も。


 


 


 面倒さも抱えながら。


 


 


 それでも、“誰かと生きたい”と思えることなのかもしれない。


 


 


 その時。


 


 


 高瀬のスマートフォンが震える。


 


 


 画面を見る。


 


 


 そして。


 


 


 少し困ったように笑った。


 


 


 「娘からです」


 


 


 レンが聞く。


 


 


 「なんて?」


 


 


 高瀬は、少し嬉しそうに答えた。


 


 


 「“今日ハンバーグ?”って」


 


 


 その瞬間。


 


 


 店の空気が、少しだけ柔らかくなった。


 


 


 外では、冬の夕暮れが静かに街を包み始めていた。

読んでいただきありがとうございます!

今回は、“幸せの形”について描いてみました。

感情を取り戻した人たちは今、“苦しさ込みの幸せ”を少しずつ学び始めています。

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