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透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


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第百十六話 戻れない場所

昔の恋は、消えない。

でも時間は、“触れると壊れる痛み”を、“静かに思い出せる傷”へ変えていく。

 冬の気配が、街へ少しずつ降り始めていた。


 


 


 透明都市の朝。


 


 


 白い息。


 


 


 乾いた空気。


 


 


 レンは、一人で電車へ揺られていた。


 


 


 今日は、仕事の用事で昔住んでいた街の近くまで来ている。


 


 


 窓の外を流れる景色を見ながら。


 


 


 レンは、ぼんやり昔を思い出していた。


 


 


 感情を閉じ込めていた頃。


 


 


 何も感じないふりをしていた頃。


 


 


 でも本当は。


 


 


 ずっと苦しかった。


 


 


 電車が駅へ滑り込む。


 


 


 レンは降りる。


 


 


 駅前は、少し変わっていた。


 


 


 新しい店。


 


 


 潰れたゲームセンター。


 


 


 知らないカフェ。


 


 


 でも。


 


 


 空気だけは、どこか昔のままだった。


 


 


 レンは歩き出す。


 


 


 そして。


 


 


 ある場所で、足が止まった。


 


 


 古いアパート。


 


 


 昔、美月とよく会っていた場所の近く。


 


 


 冬の風が、静かに吹く。


 


 


 その時。


 


 


 後ろから声。


 


 


 「……レン?」


 


 


 レンは振り返る。


 


 


 そこにいたのは。


 


 


 真奈だった。


 


 


 レンの呼吸が、一瞬止まる。


 


 


 真奈は少し驚いた顔をしていた。


 


 


 長い髪。


 


 


 少し大人びた雰囲気。


 


 


 でも。


 


 


 どこか昔のままだった。


 


 


 真奈は、小さく笑う。


 


 


 「うわ、すご……偶然」


 


 


 レンは少し遅れて頷く。


 


 


 「……久しぶり」


 


 


 空気が少し止まる。


 


 


 昔、深く傷つけ合った相手。


 


 


 依存して。


 


 


 壊れて。


 


 


 感情を閉じ込めるきっかけになった人。


 


 


 でも今。


 


 


 レンの胸には、昔みたいな激しい痛みはなかった。


 


 


 真奈が少し視線を逸らす。


 


 


 「元気そうじゃん」


 


 


 レンは苦笑する。


 


 


 「まあ、それなりに」


 


 


 真奈も少し笑った。


 


 


 その笑い方が、少しだけ寂しそうだった。


 


 


 しばらく沈黙。


 


 


 やがて。


 


 


 真奈がぽつりと言う。


 


 


 「……戻りたくなる?」


 


 


 レンが顔を上げる。


 


 


 真奈は、昔のアパートを見ながら続けた。


 


 


 「昔に」


 


 


 冬の風が吹く。


 


 


 レンは少し考える。


 


 


 そして。


 


 


 静かに答えた。


 


 


 「戻りたいっていうより」


 


 


 空を見る。


 


 


 白い空。


 


 


 「“戻れないんだな”って思う」


 


 


 真奈は、少しだけ目を細めた。


 


 


 レンは続ける。


 


 


 「あの頃って、多分」


 


 


 「好きとか寂しいとか全部ぐちゃぐちゃで」


 


 


 「苦しかったけど」


 


 


 苦笑する。


 


 


 「でも、必死だった」


 


 


 真奈は静かに聞いている。


 


 


 やがて。


 


 


 小さく笑った。


 


 


 「若かったね、私たち」


 


 


 レンも笑う。


 


 


 「だな」


 


 


 その瞬間。


 


 


 レンは気づく。


 


 


 昔の傷は、消えたわけじゃない。


 


 


 でも。


 


 


 “触れても壊れない傷”へ変わっていた。


 


 


 真奈はコートのポケットへ手を入れる。


 


 


 そして。


 


 


 少し迷ったあと、静かに言った。


 


 


 「……レン」


 


 


 レンが顔を向ける。


 


 


 真奈は、小さく笑った。


 


 


 「ちゃんと幸せになってね」


 


 


 その言葉は。


 


 


 昔の恋人としてじゃなく。


 


 


 “同じ痛みを通った人間”としての言葉に聞こえた。

読んでいただきありがとうございます!


今回は、“昔の恋と再会する痛み”を描いてみました。

人はきっと、“忘れる”というより、“抱えたまま変わっていく”のだと思います。

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