第百十五話 正しさじゃない
感情には、“正解”がない。
だから人は、苦しみながらも自分で選び続けるしかない。
美月が帰ったあと。
店には、静かなジャズだけが流れていた。
レンは、冷めかけた珈琲をぼんやり見つめている。
窓の外では、透明都市の夜景が滲んでいた。
選ばなかった感情。
その言葉が、まだ胸に残っている。
その時。
アカネがカウンターを拭きながら言った。
「難儀ねえ、あんたら」
レンは苦笑する。
「他人事みたいに言うなよ」
アカネは肩をすくめた。
「他人事だし」
雪斗が小さく吹き出す。
レンは椅子へ深く座り直した。
少し沈黙。
そして。
ぽつりと呟く。
「……正解わかんねえんだよな」
店内が静まる。
レンは続けた。
「美月といると、やっぱ楽しいし」
「好きだって思う」
「でも」
言葉が少し止まる。
「今の生活壊してまで、俺を選べって思えない」
胸の奥が、少し苦しい。
昔の自分なら。
もっと感情だけで走っていた。
でも今は。
“好き”だけでは、人を幸せにできないことも知ってしまった。
その時。
雪斗が静かに言う。
「別に、“正しい恋愛”しなくてよくない?」
レンが顔を上げる。
雪斗は珈琲を飲みながら続けた。
「人間ってさ」
「感情に、すぐ正解作ろうとするけど」
「そんな綺麗に整理できないじゃん」
店内が静かになる。
アカネも、珍しく口を挟まなかった。
雪斗は続ける。
「好きになっちゃいけない相手好きになることもあるし」
「終わった恋引きずることもあるし」
「忘れられない人いるまま結婚する奴もいる」
少し苦笑する。
「人間、そんな綺麗じゃない」
その言葉が、静かにレンへ落ちる。
レンは目を伏せる。
透明都市。
感情を消そうとした街。
でも。
結局、人間は“綺麗に整理できない感情”を抱えたまま生きていく。
その時。
アカネがぽつりと言った。
「でもまあ」
レンが顔を向ける。
アカネは、少しだけ優しい顔で続けた。
「“自分がどうしたいか”から逃げ続けると、また壊れるわよ」
その瞬間。
レンの胸が、小さく痛んだ。
逃げる。
確かに今の自分は。
“誰も傷つけない答え”ばかり探していた。
でも。
そんなもの、本当にあるのだろうか。
その時。
店の外で、風が吹く。
レンは窓の向こうを見る。
透明都市の夜景。
光の中で、人々が生きている。
泣きながら。
笑いながら。
間違えながら。
それでも。
感情を抱えて、生き続けている。
レンは、小さく息を吐いた。
答えは、まだ出ない。
でも。
多分それでよかった。
読んでいただきありがとうございます!
今回は、“正しい感情なんてあるのか”というテーマでした。
人間は、多分もっと曖昧で、不器用で、それでも前へ進こうとする生き物なんだと思います。




