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透明都市アーカイブ―愛を売った男たち―  作者: 秀人


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第百十二話 帰る場所

“大人の恋”は、好きだけでは進めない。

だからこそ、人は時々、答えより先に苦しむ。

 水族館を出ると、夜風が少し冷たかった。


 


 


 透明都市の夜。


 


 


 雨上がりの空気は静かで。


 


 


 街の光が、濡れた道路へぼんやり滲んでいる。


 


 


 レンと美月は、並んで歩いていた。


 


 


 会話は少ない。


 


 


 でも。


 


 


 沈黙は、もう怖くなかった。


 


 


 その時。


 


 


 美月のスマートフォンが震える。


 


 


 レンは、無意識に視線を落としかける。


 


 


 でも。


 


 


 すぐ逸らした。


 


 


 美月は画面を見る。


 


 


 ほんの少しだけ、表情が揺れた。


 


 


 そして。


 


 


 小さく息を吐く。


 


 


 「……旦那さん?」


 


 


 レンは、静かに聞いた。


 


 


 美月は少し驚いた顔をする。


 


 


 やがて。


 


 


 小さく頷いた。


 


 


 「うん」


 


 


 その瞬間。


 


 


 レンの胸が、少しだけ痛む。


 


 


 ちゃんと現実だった。


 


 


 美月には、今の生活がある。


 


 


 帰る場所がある。


 


 


 美月はスマホを見つめながら、小さく笑った。


 


 


 「ご飯いる?って」


 


 


 その声には。


 


 


 どこか、申し訳なさが混ざっていた。


 


 


 レンは苦笑する。


 


 


 「なんでそんな顔すんの」


 


 


 美月は少し黙る。


 


 


 やがて。


 


 


 ぽつりと呟いた。


 


 


 「……わかんなくなるから」


 


 


 レンは言葉を失う。


 


 


 美月は続けた。


 


 


 「レンといると」


 


 


 「昔の気持ち、戻ってくる」


 


 


 夜風が、静かに吹く。


 


 


 美月はスマホを握りしめる。


 


 


 「でも」


 


 


 少し声が震える。


 


 


 「今の生活も、ちゃんとあるんだよ」


 


 


 その言葉は。


 


 


 ひどく現実だった。


 


 


 レンは目を伏せる。


 


 


 きっと。


 


 


 恋愛って、“好き”だけでは進めない。


 


 


 生活。


 


 


 時間。


 


 


 積み重ね。


 


 


 責任。


 


 


 人を好きになるほど、簡単じゃなくなる。


 


 


 その時。


 


 


 美月が苦しそうに笑った。


 


 


 「最低だよね、私」


 


 


 レンはすぐ首を横に振る。


 


 


 「最低じゃない」


 


 


 美月が顔を上げる。


 


 


 レンは続けた。


 


 


 「ちゃんと悩いてる時点で、最低なわけないだろ」


 


 


 胸が少し痛い。


 


 


 でも。


 


 


 今のレンは、“自分の感情だけ”では動きたくなかった。


 


 


 美月が苦しむなら。


 


 


 誰かを壊すなら。


 


 


 それを“愛”とは呼びたくなかった。


 


 


 その時。


 


 


 美月のスマホが、また小さく震える。


 


 


 【気をつけて帰ってきてね】


 


 


 短いメッセージ。


 


 


 でも。


 


 


 そこには、ちゃんと日常の温度があった。


 


 


 美月は、その画面を静かに見つめる。


 


 


 レンは空を見る。


 


 


 透明都市の夜。


 


 


 感情を取り戻した街は。


 


 


 今度は、“簡単に答えの出ない感情”を抱え始めていた。

読んでいただきありがとうございます!

今回は、ついに“美月の現在”へ触れ始めました。

感情を取り戻したからこそ、“現実”もまた鮮明になっていきます!

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