第百六話 感情の居場所
感情は、消すものじゃない。
“安心して置ける場所”が必要なのだ。
少女の泣き声は、長い間続いていた。
黒い店の中。
ジャズの音。
珈琲の香り。
その静かな空間で。
少女は、今まで閉じ込めていた感情を全部吐き出していた。
レンは、何も言わずに座っている。
無理に慰める必要はない気がした。
多分今、この子に必要なのは。
“泣いても大丈夫な場所”だった。
やがて。
少女の呼吸が、少しずつ落ち着いていく。
目は真っ赤だった。
でも。
どこか、少しだけ軽くなった顔をしている。
少女は涙を拭いながら、小さく笑った。
「……すごい恥ずかしいです」
アカネが即答する。
「人前で泣くの、めちゃくちゃ恥ずかしいからね」
少女は思わず吹き出した。
鼻声のまま。
でも。
ちゃんと笑っていた。
その時。
レンが静かに聞く。
「少し楽になった?」
少女は少し考える。
そして。
ゆっくり頷いた。
「……苦しいですけど」
胸へ手を当てる。
「でも、“何が苦しいか”はわかった気がします」
その言葉に。
レンは小さく息を吐く。
感情って、多分。
消えない。
でも。
“形がわからないまま閉じ込める”のが、一番人を苦しめる。
少女は小さく呟く。
「私、ずっと」
「泣いたら迷惑かけると思ってました」
アカネが静かに珈琲を飲む。
少女は続けた。
「お母さんも忙しそうだったし」
「学校でも、“泣き虫”って言われるの嫌だったし」
「だから、我慢してたら」
少し笑う。
「ほんとに泣けなくなっちゃって」
店内が静かになる。
その時。
雪斗がぽつりと言った。
「感情ってさ」
全員が顔を向ける。
雪斗は窓の外を見ながら続けた。
「“出していい場所”がないと、腐るんだよ」
少女が目を瞬かせる。
雪斗は苦笑する。
「怒りも」
「悲しみも」
「愛情も」
「閉じ込めすぎると、形変わるから」
レンは、その言葉を静かに聞いていた。
確かにそうだった。
感情は、無理に閉じ込めると。
依存になったり。
諦めになったり。
空っぽになったりする。
だからきっと。
必要なのは、“感情をなくすこと”じゃない。
“置いていい場所”なのだ。
少女は、ティッシュを握りしめながら呟く。
「……また泣きたくなったら」
少し不安そうに顔を上げる。
「来てもいいですか」
その瞬間。
アカネが少し笑った。
「別にカウンセリングルームじゃないんだけど」
少女が慌てる。
「あ、すみません……!」
その時。
アカネは、柔らかく続けた。
「でも、珈琲くらいは出す」
少女の目が、少しだけ揺れる。
多分。
“感情を出してもいい場所”を、初めて見つけた顔だった。
その時。
窓の外で、夕焼けが静かに街を染めていた。
透明都市。
感情を失いかけた街。
でも今は。
少しずつ、“感情の居場所”を取り戻し始めていた。
読んでいただきありがとうございます!
“感情を取り戻したあと”の透明都市を、少しずつ描き始めています!




