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からくり競艇〜サラリーマン、魂のフルスロットル〜  作者: 水前寺鯉太郎
グランプリ編

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『熾烈なる聖域・枠番争奪のコンプライアンス』

熾烈なる聖域・枠番争奪のコンプライアンス

 優勝戦の朝。聖地・住之江競艇場のピットは、一般の重賞レースとは比較にならないほどの重圧――いわば「マブイ(魂)の飽和状態」に包まれていた。一億円の賞金と、競艇界の頂点の称号。その椅子は、たった一つしか用意されていない。

 枠番発表の瞬間、ピットには冷や水を浴びせられたような静寂が走った。

一号艇:難波大吾(大阪の絶対王者)

二号艇:霧島麗華(東京の女王)

三号艇:佐伯健太(不屈の特命係長)

四号艇:西 貴斗(精密なる計算機)

五号艇:松風みなみ(博多の守護天使)

六号艇:中島和樹(若き天才・韋駄天)

 「……佐伯。三枠か。悪くない数字だが、住之江の一コースは俺の『聖域』だ。地元の意地にかけて、たとえ神が相手でも一歩も譲らんぞ」

 難波が、最上位の証である白いカポックを力強く羽織り、周囲を威圧する殺気を放つ。

第一章:前付けの嵐・コース取りの高度な駆け引き

 展示航走が始まる前から、もはや心理戦は極限に達していた。

 通常、枠番通りに並ぶのが暗黙のマナーとされるが、ここはグランプリ優勝戦。誰もが少しでも有利な「内側」を奪取しようと、剥き出しの牙を剥く。

 「……難波さん。あなたの聖域、私が『強制捜査』させてもらいますわ。女王の座に、一号艇も二号艇も関係ありませんもの」

 麗華が不敵な笑みを浮かべ、二号艇でありながら虎視眈々と一コースを狙う構えを見せる。

 「計算上、僕が四コースからダッシュを乗せるよりも、内に入って他者の助走距離を潰す方が、佐伯さんの勝率は〇%に収束する……」

 西もまた、四号艇でありながら「前付け(強引なコース取り)」を辞さない構え。ピットの空気は、発走前から発火寸前のガソリンのように緊迫していた。

第二章:健太の戦略・『逆算の三コース』

 喧騒を離れたピット裏で、健太は静かにスエの耳元で囁いた。

 「スエ。連中は全員、勝利への欲望に駆られ、一コースを奪い合って『深イン(スタート助走距離が極端に短くなる状態)』に陥るはずだ。……俺たちは、あえてその泥沼には加わらない」

 「フガッ……?(いいの、おじさん? 監査役レーサーとして損してない?)」

 「ああ。無理にインを争えば、スタートでの加速が死ぬ。……俺たちの狙いは、連中が奪い合い、体力を消耗した後の『黄金の三コース(カド受け)』だ。そこから一気に全速で、奴らの虚を突き、差し抜く」

 スエは健太の意図を即座に察し、鋭い眼光で水面を睨み据えた。お腹の調子は一二〇%まで回復。深夜に魂を込めて叩き上げたプロペラも、この住之江の冷たい水温に完全に「同期シンクロ」している。

 「……おいおい! 無茶苦茶しよるわ!! 規律もへったくれもあらへん!!」

 実況席の古閑まきこが、プロの顔を忘れて叫ぶ。

 待機行動。六号艇の中島までもが内側へ潜り込もうとし、一五〇メートル付近は大混戦の様相を呈していた。難波、麗華、西、中島が激しく激突し、一コースを奪い合う。結果、ボートが団子状態でスタートラインへ近づきすぎ、全員が十分な加速距離を失う「深イン」の状態へと引きずり込まれていく。

 「……今だ。引け、スエ!!」

 健太の三号艇だけが、その喧騒からスッと離脱。あえて三コースの「スロー(低速待機)」を捨て、十分な助走距離を確保できる「カド」の位置まで艇を引いた。

 「……バカな! 佐伯、勝負を捨てたのかッ!?」

 難波が絶叫するが、すでに自分のボートは深入りしすぎており、もはや全力で加速するだけの物理的余地が残されていない。

 「……いいえ。これが、佐伯健太の『リスクヘッジ』よ。最も安全で、最も破壊力のある投資先を選んだのよ」

 ピットで見守る紫乃が、震える手で祈るように呟く。

 「ピィィィィィィッ!!」

 優勝戦のファンファーレが住之江の夜空に鳴り響く。

 内側の四台が深インで喘ぎ、重い加速に苦しむ中、一人だけ理想的な助走距離を保った健太の三号艇とスエが、時速八〇キロを超える弾丸となってスリットラインへと突き刺さる!

 「……最終決算の時だ。行くぞ、スエッ!!」

 「ワンッ!!(全速、差しッ!!)」

 住之江の夜に、黄金の閃光が走る。

 競艇史に刻まれる「一億円のターン」が、今、劇的に幕を開けた。

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