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からくり競艇〜サラリーマン、魂のフルスロットル〜  作者: 水前寺鯉太郎
SG挑戦編

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最終決算・破産宣告のチェッカー

第42話 最終決算・破産宣告のチェッカー

 二〇四一年、八月。復帰戦の舞台は、皮肉にも東雲グループが冠スポンサーを務める『G3東雲エナジー特別競走』。

 平和島のピットは、異様な、それこそ火薬庫に火を近づけるような緊張感に包まれていた。

「……佐伯さん。本当に行くのね。無理だけは、本当の無理だけはしないで」

 テレビカメラの回っていない隅で、古閑まきこが震える手で健太の左肩に触れた。右腕は特製のカーボン製サポーターで胸部に厳重に固定され、一見すれば負傷兵の痛々しい姿だ。だが、ヘルメットのシールド越しに見える健太の眼光は、すでに獲物の急所を射抜くハヤブサそのものだった。

「……古閑さん。帳簿に不備を見つけたら、正すのが監査役(レーサー)の義務だ。……たとえ、右腕という『主要資産』を失っていてもな」

 宿舎のスマホ映像の中で、ペットホテルにいるスエが健太の闘志に呼応するように力強く鼻を鳴らした。

 対戦相手は、東雲グループが極秘裏に強化を施した闇のレーサー、蛇崩(じゃくずれ)連。

 彼が駆る三号機は、もはやボートの範疇を超えていた。福岡で大破したケルベロスの残骸から回収された技術を転用した「高出力・違法スラスト・コンプレッサー」を搭載。エンジン音は野獣の咆哮に似て、周囲の空間を物理的に歪ませている。

「……佐伯。片手でレースとは、よほど死に場所に困ったと見える。その残った左腕も、根元からへし折って、二度とペンもハンドルも握れなくしてやるよ」

 蛇崩の背後から、暗いスラストの圧が立ち昇る。それは、数多のレーサーを再起不能に追い込んできた「死神」の影だった。

「レディー、ゴーッ!!」

 大時計の針が頂点を刻む!

 健太の左手、研ぎ澄まされた三本の指がレバーを弾いた!

 特命奥義:『単腕一閃(シングル・フラッシュ)』!

「……な、何だと!? 片手であの精密なスリットを……!」

 実況席でマイクを握る古閑が、プロの顔を忘れて叫んだ! 健太のスタートタイミングは「コンマゼロ一」! 両手による微調整を捨て、左手一本に全神経を集中させたことで、逆に神経伝達のラグがゼロになる「極限の反応速度」を生み出したのだ!

 第一コースを死守し、最短距離を突き進む健太に対し、第三コースから蛇崩が狂気の「ツケマイ(体当たり旋回)」を仕掛ける! 蛇崩の機体から放たれる違法スラストの衝撃波が、物理的な圧力となって健太のハヤブサを圧迫する!

「消えろ、亡霊ッ! 過去の遺物はスクラップがお似合いだ!!」

 ボート同士が激しく接触し、凄まじい火花が夜の平和島を照らす! 右腕が固定されている健太にとって、右側からの衝撃はバランスを崩し、転覆へ直結する致命的な一撃――!

(前検日にスエが見せたあの見事な体幹移動……今だッ!!)

 健太は前検日に見たスエの踏ん張りのイメージを脳内で完全再現し、左足の一点に全神経を乗せて踏ん張り、白のカポックの機体を強引に左へ、水面ギリギリまで傾斜させた!

 蛇崩が放った衝撃波の「波頭」を、健太は機体をあえて一瞬「潜らせる」ことで受け流した! そして、その反動を逆に利用し、バネが弾けるような加速で最短コースを突き抜けた!

「……馬鹿な! 物理法則を……重心計算を書き換えやがったのか!?」

 蛇崩の絶叫が、水面に虚しく響いた!

 バックストレッチ。健太のハヤブサが、再生した翼を広げるように加速する!

 左腕一本でハンドルを微動だにせず固定し、蛇崩の追撃を、そして東雲の呪いを一切寄せ付けない!

「……蛇崩。お前の走りは『不正支出』だ。……ここで、市場から差し押さえる(デリバティブ)」

 健太がチェッカーフラッグを駆け抜けた瞬間、会場の大型ビジョンが突如としてノイズを吐き、映像が切り替わった!

 そこには、古閑まきこが命懸けでリークした「東雲グループの多重不正送金」の決定的証拠と、今まさに東京地検特捜部が大手町の本社に踏み込むLIVE映像が映し出されていた!

「……な、何だこれはッ!? 会社が……我々の資産がッ!!」

 蛇崩が呆然と失速する中、健太は左手を高く、夜空へと突き上げた!

「……東雲グループ、最終決算報告。……評価は『破産(ゲームオーバー)』だ」

 ピットに戻った健太を、無事に手荷物管理解除されて駆けつけたスエが「よくやった」と言わんばかりの全力のペロペロで迎える! 片手一本で戦い抜いた健太の左腕は、極度の疲労で痙攣していたが、その顔には久々の、晴れやかな「黒字」の笑顔があった。

 そして、その光景を特別席のモニターで見守っていた霧島麗華が、一人静かにワイングラスを置いた。

「……お帰休なさい、佐伯健太。……東雲という『不良債権』を片付けたわね。……でも忘れないで。あなたの本当の債務(ライバル)は、この私よ」

 麗華は不敵に微笑み、次なる戦場――江戸川、そして住之江のSGへと視線を向けた。

 おじさんとパグ。傷だらけのハヤブサ。

 彼らの伝説は、この平和島の夜明けから、再び始まる。

「……さあ、スエ。次の案件(レース)へ行こうか」

「フゴーッ!!」

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